2006年5月20日土曜日

運動会(Sports Festival)

ボストン日本語学校(Japanese Language School of Greater Boston)は、幼稚園から高校2年生まで700人くらいの生徒がいて、土曜日の午前中に国語・古典、算数・数学などの授業が行われる。子供たちの日本語の能力を維持するためには、大変ありがたい。毎年5月に運動会も開かれる。日本と同じように家族がお弁当を持って参加す。

2006年5月12日金曜日

オタワ(Ottawa, Canada)

ビザ更新のためカナダの首都=オタワ(Ottawa)を家族全員で訪れた。

アメリカで働くためには就労ビザが必要で、私の場合、専門職のH1Bというカテゴリーを使う。3年で更新し、6年まで延長できるが、その間に永住権(グリーン・カード)を申請するのが一般的。

オランダとの交流を祝うチューリップ・フェスティバルが開催中で、街中色とりどりのチューリップが咲いていて賑やかだった。

右は国会議事堂の一部(東ブロック)。大変格調高い建物だ。

ビザの更新は、アメリカ国外のアメリカ大使館で行わなければならない。日本人は日本で更新するのが一般的だろうが、私たちは一番近い「外国」=カナダで更新することにした。代理が効かないので、家族全員、必ず本人が大使館に出向かなければならない。事前にカナダのアメリカ大使館に更新の申請をし、指定日に大使館に出向いて書類を提出、問題がなければカナダだと翌日にビザのスタンプがもらえる。ビザ・スタンプがもらえて初めてアメリカに再入国できる。

オタワには車で移動した。ボストンからは、モントリオールまで5~6時間、モントリオールからさらに2~3時間のドライブ。旅費と宿泊費は会社が負担してくれたので助かった。

書類を出してしまうと何もすることはないので、家族でオタワ観光。右の写真は国会議事堂。何かのデモで大勢市民が集まっていた。

カナダ国立美術館(National Gallery of Canada)は立派な美術館で、入り口の手前に大きなクモのようなモニュメントがある。ノートルダム聖堂とのコンビネーションが面白かったので写真に収めた。

ロイヤル・カナディアン・ミント(Royal Canadian Mint)は記念コインなどを製造しているところで、無料ツアーはなかなか面白い。

2006年5月6日土曜日

サイエンス・フェア(Science Fair)

高3の長女がバクテリオ・ファージの研究「Genomic Comparison of Novel Bacteriophages」で高校および地域予選を通過し、MIT(Massachusetts Institute of Technology)で開かれたサイエンス・フェアのマサチューセッツ州大会に進出した。全国大会進出は逃がしたが、見事2位(複数)に入賞。副賞として、アメリカ海軍および海兵隊(US Navy and Marine COrps)から海軍科学賞(Naval Science Award)と賞金の$500をものにした。

ちなみにマサチューセッツ州では小中高は534制。

サイエンス・フェアに参加するには、まず自分で研究し、結果を上の写真のようにプレゼンテーションにまとめ、さらに各レベルの大会で3人の審査員(大学の教授や企業の科学者)の質問に答えなければならない。研究・プレゼン・ディスカッションの総合力が問われる。従って、州大会での入賞などの実績は大学入学に大変有利。

この辺りは石を投げれば科学者に当たりそうなところだから、研究内容はどう見ても親がやったに違いない、というようなものも多い。我家については100%独力なので、よくやったと思いますね。

2006年4月17日月曜日

Patriots' Day(愛国者の日)

今日はPatriots' Day(愛国者の日)。アメリカ独立戦争の発端となったレキシントン・コンコードの戦い(Battles of Lexington and Concord)を記念するマサチューセッツ州の休日。我が町レキシントン(Lexington)<地図>では右の写真のように当時の衣装を再現したパレードがあり、私たちの三人の子供はパレード・バンドとして毎年参加する。また、記念式典は1775年にアメリカ独立戦争の発端となったレキシントン・コンコードの戦いで最初の銃声が放たれたBattle Green(今は小さな公園)で行われる。

この日は、数は少ないが屋台やおもちゃ屋さんが出る。これはアメリカでは大変めずらしい。記念式典では、当時の鉄砲を使った礼砲が放たれるので、触発された子供たちにせがまれて鉄砲のおもちゃがよく売れる。

余談になるが、ボストンを本拠地とするアメフト(NFL)のペイトリオッツはこのPatriots。

2006年4月2日日曜日

カーリング(Curling)

レキシントン(Lexington)から車で30分ほど北に走ったところにあるローウェル(Lowell)という町にあるソンガス・アリーナ(Tsongas Arena)で男子カーリングの世界チャンピオンシップ(World Men's Curling Championship)が開かれたので出かけた。

会場は思ったほど込んではいなかった。

右は冬季オリンピックで有名になったアメリカ・チームのキャプテンFensonと日本チームのキャプテンOhmiya。

試合が終わってからの帰り道、Ohmiyaキャプテンと少し話しをする機会があった。

2006年3月23日木曜日

ウォルドルフ・アストリア・ホテル(The Waldorf Astoria)

あるスイスの化学会社の招待でニューヨークのパーク・アベニュー沿いにあるウォルドルフ・アストリア・ホテル(The Waldorf Astoria)で開催されたDCAT(Drug, Chemical & Associated Technologies )という団体の80周年記念大会(夕食会)に出席した。

右の写真はウォルドルフ・アストリア・ホテルのロビー。ウォルドルフ・アストリアはニューヨークでも有数の高級ホテルで、夕食前の待ち合わせは正装の人がほとんどだ。

今日の夕食会のゲストはGeorge W. Bush現大統領のお父さん、第41代大統領George H. W. Bush。

現大統領(息子)の物まね(首の振り方)や大物政治家に関する辛口のジョークなどを交えた公演は大変面白かった。こういう場所にいるとアメリカ人の仲間入りをしたような気がする。

2006年3月6日月曜日

スイス(Switzerland)

スイスとドイツの化学会社を訪問するため、日曜日にスイスのチューリッヒ(Zurich)に入った。雪が降って、危うく飛行機の便がキャンセルされるところだった。

チューリッヒはドイツ語の発音で、英語ではズュリックと発音する。ちょっと馴染めない。オーストリアのウィーンなんかはヴィエナになってしまう。

少し時間があったので、町の中心部を歩ける範囲で回ってみた。雪で足元が悪かったが、旧市街や時計台などは興味深かった。

何か音楽祭のようなものがあるらしく、いたるところに仮装したチームがたむろしていた。

これも演奏のチームだと思うが、色彩感覚がちょっと垢抜けているように思う。派手は派手だが、アメリカにはないような感覚だと思う。

同僚が風邪でダウン寸前だったのでちょっと元気のない旅となった。

スイスの化学会社の訪問を終え、その会社の比較的近くの歴史の古い町の歴史のあるホテルに泊まったのだが、その街の名前が思い出せない*。とにかく雪がひどくなってきて、明日以降、移動できるかどうかが心配だ。

*2009年6月23日、その会社の人たちが久しぶりに僕の勤める会社を訪問したので、やっとその町の名前を確認することができた。レンズバーグ(Lenzburg)といい、チューリッヒ(Zurich)の西方30キロに位置する。

この山小屋風のホテルに泊まった。外見はおとなしいが、室内はかなりモダンで、室内プールも完備していた。特にすることもないので随分泳いだ。