◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ あなたのそばには?
◆F:バディとか松本さんのことはどう思う?
◆Johnny:1年になるけど、僕のバディは大好きだよ。
◆みどり 1年以上よ。1年半かな?
◆Johnny:そうだね。
最初のころは、彼女にどうしてほしいのか自分でもよく分からなかったんだ。それまで僕は、シャイで無口で、ざっくばらんに話ができるような人間じゃなかったから、彼女と親しくなって、信頼できるようになるまでには時間が必要だったんだ。でも、結局彼女を受け容れることができたよ。
彼女はほとんど毎日のように電話をくれて、ドクターがどう言ったとかいろんな話をして....。
◆みどり:彼らには正直に言っていいのよ。
私のどういうところが嫌いかとか....。
◆Johnny:そんなこと思ってないよ。
彼女には何でも話すことができるし、とても気楽なんだ。
◆F:そりゃいいね。
◆Johnny:自分の家族よりも気楽なことだってあるよ。
◆Jasmine:ねえ、私もここにいるのよ。
◆みどり:もうジャズミンたら....。
◆Johnny:怒るなよ。もちろんジャズミンは別さ。赤ん坊のときからずっと知ってるんだから。
◆F:お父さんもお母さんも松本さんとは随分親しいみたいだけど....。
まるで本当の家族みたいだね。
◆Johnny:特に母さんはみどりのことをとても愛してるよ。
◆みどり:バディを持ちたいって言ったとき、最初 APICHA はどんな質問をした? どんなふうにアプローチした? バディはどういうものだって説明した?
◆Johnny:バディは一緒にいて話をしたり、家まで来てくれたり、街へ出て一緒に買い物をしたりしてくれる人。何かしてもらいたいことがあったらちょっと手伝ってくれたり、時にはカードで遊んだりとか....。
彼女に慣れるまでに少し時間がかかったけど、今では、バディは友情以上のものだとさえ考えるようになったよ。
◆K:とても難しい質問なんだけど、みどりさんに、「どうしてバディを始めたの?」、「どうして誰かを助け始めようとしたの?」って聞いたんです。どうして彼女が始めたのか分からなかったんですよ。だって、日本では、人を助けることに慣れてないし、そういう土壌もないんで、そんな質問をしたんです。
ジョニーはどう思う? どうしてみどりさんは誰かを助けようとするのかな?、あるいはどうしてジョニーとバディになったのかな....?
◆Johnny:誰かを助けたいと思うことはとてもりっぱな考えだと思うよ。若いころは、僕だっていつも誰かのささえになりたいと思ってたさ。
◆K:日本では、人を助けることに慣れてないから、多分助けられることにも慣れてないんじゃないかと思ってるんです。日本の平均寿命はどんどん上がっていくから、近い将来、それは大きな問題になる。
◆Johnny:バディはいいアイデアだと思うよ。
日本の状況がどれくらいかはよく分からないけど、誰かがとても孤独だったり、誰かと話したいと思ったときに、信頼できる、何でも話せる、助けがほしいときにそばにいてくれるバディがいることは素敵なことだよ。
僕がどんな助けを必要としているときでも、僕のそばにはみどりがいてくれる。
◆みどり:家族よりも話しやすいときがあるって言ってたけど、どうして?
◆Johnny:僕が感じていることを話したくないと思うときがあるんだ。多分彼らには理解できないだろうし....。
でも、それはつまらない感情だよね。もちろん、必要なときには家族がいてくれることは知ってるんだ。何か必要なときにはいつも姉さんに電話するし....。
◆みどり:状況によっては、家族でない人の方が遠慮なく話せるってこと?
◆Johnny:そうそう。
日本でもバディか何かになろうとか考えてるの?
◆K:もちろん日本でバディになることもできるけど、多分私のデューティーは、お互いに助け合うことの大切さに気づいてもらうことだと思うんだ。私にとっては、その方がより重要な仕事だと思うんだよ。
でも、それを説明するのはとっても難しいことなんだ。
◆みどり:日本人は、家族じゃない人に助けを求めて何かを頼むのは恥ずかしいみたい。アジア人全般に同じような傾向があるんじゃない?
私たちは、家族の中でなんとか問題を解決しようと努力するけど、時にはそれが家族の負担やストレスになってしまう。
◆K:バディをすることで、みどりさんは何か得ていると思う?
◆Johnny:そう思うよ。きっとそうすると思うよ。
彼女はいつも電話でコンタクトを取ったりして、僕にケアの気持ちを示してくれる。月に1回とかじゃなくて、毎日電話してくれるんだ。
僕も毎日電話で話すし、医者に行ったら電話してどうだったか話すんだ。彼女はとても頼りになる人で、いろんな情報をくれるし、いつもありがたい情報ばかりなんだ。それから、手紙を読んでくれたり、小切手を書くのを手伝ってくれたり、散歩に連れ出してくれたり、とても助かるよ。
散歩、大好きなんだ。僕はずっと家にいて、何もせずにテレビを聴き(※1)、音楽を聴き、電話でじゃべって。とても退屈さ。だから来週の火曜日からAPICHAでボランティアを始めようと思ってるんだ。コンドームを包んだり、パンフを印刷したり、人々を教育したり。火曜日から始められると思うとワクワクするよ。
※1 ジョニーは目が不自由。
1995年6月12日月曜日
Buddy in New York - 関係を断たれないこと
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ 関係を断たれないこと
◆F:みどりさんに会う前は、どういうサポートを受けてたの?
◆Johnny:大したサポートは受けてなかった。基本的には姉さんと家族。友だちにもほとんど話してないんだ。
仲のいい友だちが一人いて、他に職場の友だち二人には話したんだけど....。彼らは理解してくれたよ。親友のニックは頼りになるし、信頼できるけど、それ以外はただの友だちだよ。
◆K:今どういうコミュニティに属していると思う? 合衆国とか、アジア人とか....。
◆Johnny:地域的な意味で?
◆みどり:心の問題として。言い換えれば....。
◆Johnny:アジアかな?
父さんも義理の母さんも中国人だし....。でも、両親は英語が話せないし、僕は中国語が話せないんだ。
◆みどり:私は日本人で、中国語は話せないし、中国人でもない....それでも私といて心がやすまる?
◆Johnny:もちろんさ。
君は「日本人」じゃなくて僕の友だちなんだ。もちろん、日本人だということは知ってるけどね。
◆みどり:他のアメリカ人の友だちとはどこか違う?
◆Johnny:ああ。みどりは実際初めてのアジア人の友だちなんだ。
◆みどり:じゃ、ニックとはどこが違うの?
彼もアジア人じゃないの?
◆Johnny:彼は高校時代からの知り合いだし....彼は女性じゃない<笑い>。
◆みどり:それは大きな違いね。
トイレに行くときが大変なのよ。ニックなら大丈夫だけど....。
◆Johnny:どんなことでも、話したくなったときに、君に電話できて、安らぎを感じることができると分かっていることはいいことだね。
◆みどり:ジョニーも私もアジア人だから、いろんな点でよく分かるところがあると思うの。
例えば、直接ドクターとかに質問するのが恥ずかしかったり....。私も同じなんだけど、ジョニーのためだったら自分をプッシュして質問することができる。不思議なのよね、自分の....。
◆Johnny:自分のことになるとできない、だろ?
もう一つ大切なことは、支援してくれる、支持してくれる友だちがいること。そして、この HIV/AIDS という病気のためにその関係を断たれないこと。それは、僕にとってとても重要なことなんだ。
◆K:日本人は、大抵のことはお金で解決できると思ってるから、お金が一番大切だと思ってる人が多いんです。僕はそうは思わないけど....。多分、こういうお互いに助け合って生きている状況そのものがとても大切なんだと思うな....。
ううん、難しくて質問ができないよ。
◆みどり:<笑い>
彼は、何質問しようかと一所懸命考えてるところよ。
◆K:あんまりベーシックな質問ばかりで....。
◆みどり:随分哲学的な質問ばかりするから、私、よく分からなくて。
◆Johnny:僕に答えられるといいけどね....。
◆K:日本で質問リストは用意してきたんだけど、ほとんど役に立たないよ。
◆Johnny:どうして?
◆K:日本で考えていたときとはまるで様子が違うから....。
◆みどり:ジャズミン、あなたはずっとジョニーのそばにいて、私と彼が友だちになってから、何か変化があったと思う?
◆Jasmine:彼に?
◆みどり:そう。
◆Jasmine:そうね、以前だったら自分の中に閉じ込もって知らない振りをしていたようなことをいろいろ話すようになったと思うわ。最近は随分オープンになったと思う。随分変わったと思うわ。
◆Johnny:気の許せる人には随分オープンになったよ。気の許せない人にはまだシャイで無口だけどね。
気楽にならなきゃいけないんだけど、居心地が悪いとなかなかオープンになれないんだ。
◆みどり:ヘレンは好きでしょ?
◆Johnny:ああ、とてもいい人だよ。
時計のことで恥ずかしかったんだけど(※1)、彼女がどんどん話しかけてくるもんだから、それで親しくなって....。
※1 ジョニーは目が不自由なため、時刻を音声で知らせる腕時計をプレゼントされた。静かなミーティングの最中、突然コケコッコーという目覚ましが鳴り始めたが、ジョニーはもらったばかりで止め方が分からず、大慌て。
◆みどり:彼女は正直だし、オープンだと思わない?
彼女は....。
◆K:昨日 APICHA で会った年配のボランティアの中国人女性のことでしょ?
◆Johnny:ちょっと知り合いになりたかっただけなんだけどなあ。
◆みどり:彼女はあなたに話させるものね。
私、もっと話させたいわ。
◆Johnny:彼女とは随分話したよ!
◆みどり:本当よく話したわよね。
最後になんて言ってたか憶えてる?
「随分話せて楽しかったわ」だって<笑い>。
◆Johnny:ヘレンはとてもいい人だよ。僕の電話番号教えて、彼女も教えてくれて、話したくなったらいつでも電話しなさいって。
彼女と話してるととても楽しいよ。
気にかけてくれる人たち、必要なものを整えてくれる人たちがいてくれて本当にうれしいと思うよ。いつも気にかけてくれたり、助けになってくれる人たちが大勢いてくれるから本当に心強い....。
少しずつだけど、彼らが僕の心を和らげてくれていることが分かってきたんだ。
◆みどり:ジョニーのサポート・グループの年配の人たちはとても素敵で、私たちが部屋に入っていくとすぐに立ち上がって握手して、昨日なんかジョニーのまわりに一度に4つも5つも手があって....。
◆Johnny:そうだったね。
◆みどり:みんなあなたを助けようとしてるのよ。私はもう必要ないんじゃないかと思ったわ。
私たち(APICHA)は、いまフレンドシップの輪を広げようとしてるんです。
◆K:難しいな。簡単っていえば簡単なんだけど。
◆みどり:Kさんは、友だちでいるとか、あなたのために側にいるとか、とてもシンプルに聞こえるけど、すごく難しいって言ってるのよ。
◆Johnny:ああ、簡単じゃないさ。
◆F:みどりさんに会う前は、どういうサポートを受けてたの?
◆Johnny:大したサポートは受けてなかった。基本的には姉さんと家族。友だちにもほとんど話してないんだ。
仲のいい友だちが一人いて、他に職場の友だち二人には話したんだけど....。彼らは理解してくれたよ。親友のニックは頼りになるし、信頼できるけど、それ以外はただの友だちだよ。
◆K:今どういうコミュニティに属していると思う? 合衆国とか、アジア人とか....。
◆Johnny:地域的な意味で?
◆みどり:心の問題として。言い換えれば....。
◆Johnny:アジアかな?
父さんも義理の母さんも中国人だし....。でも、両親は英語が話せないし、僕は中国語が話せないんだ。
◆みどり:私は日本人で、中国語は話せないし、中国人でもない....それでも私といて心がやすまる?
◆Johnny:もちろんさ。
君は「日本人」じゃなくて僕の友だちなんだ。もちろん、日本人だということは知ってるけどね。
◆みどり:他のアメリカ人の友だちとはどこか違う?
◆Johnny:ああ。みどりは実際初めてのアジア人の友だちなんだ。
◆みどり:じゃ、ニックとはどこが違うの?
彼もアジア人じゃないの?
◆Johnny:彼は高校時代からの知り合いだし....彼は女性じゃない<笑い>。
◆みどり:それは大きな違いね。
トイレに行くときが大変なのよ。ニックなら大丈夫だけど....。
◆Johnny:どんなことでも、話したくなったときに、君に電話できて、安らぎを感じることができると分かっていることはいいことだね。
◆みどり:ジョニーも私もアジア人だから、いろんな点でよく分かるところがあると思うの。
例えば、直接ドクターとかに質問するのが恥ずかしかったり....。私も同じなんだけど、ジョニーのためだったら自分をプッシュして質問することができる。不思議なのよね、自分の....。
◆Johnny:自分のことになるとできない、だろ?
もう一つ大切なことは、支援してくれる、支持してくれる友だちがいること。そして、この HIV/AIDS という病気のためにその関係を断たれないこと。それは、僕にとってとても重要なことなんだ。
◆K:日本人は、大抵のことはお金で解決できると思ってるから、お金が一番大切だと思ってる人が多いんです。僕はそうは思わないけど....。多分、こういうお互いに助け合って生きている状況そのものがとても大切なんだと思うな....。
ううん、難しくて質問ができないよ。
◆みどり:<笑い>
彼は、何質問しようかと一所懸命考えてるところよ。
◆K:あんまりベーシックな質問ばかりで....。
◆みどり:随分哲学的な質問ばかりするから、私、よく分からなくて。
◆Johnny:僕に答えられるといいけどね....。
◆K:日本で質問リストは用意してきたんだけど、ほとんど役に立たないよ。
◆Johnny:どうして?
◆K:日本で考えていたときとはまるで様子が違うから....。
◆みどり:ジャズミン、あなたはずっとジョニーのそばにいて、私と彼が友だちになってから、何か変化があったと思う?
◆Jasmine:彼に?
◆みどり:そう。
◆Jasmine:そうね、以前だったら自分の中に閉じ込もって知らない振りをしていたようなことをいろいろ話すようになったと思うわ。最近は随分オープンになったと思う。随分変わったと思うわ。
◆Johnny:気の許せる人には随分オープンになったよ。気の許せない人にはまだシャイで無口だけどね。
気楽にならなきゃいけないんだけど、居心地が悪いとなかなかオープンになれないんだ。
◆みどり:ヘレンは好きでしょ?
◆Johnny:ああ、とてもいい人だよ。
時計のことで恥ずかしかったんだけど(※1)、彼女がどんどん話しかけてくるもんだから、それで親しくなって....。
※1 ジョニーは目が不自由なため、時刻を音声で知らせる腕時計をプレゼントされた。静かなミーティングの最中、突然コケコッコーという目覚ましが鳴り始めたが、ジョニーはもらったばかりで止め方が分からず、大慌て。
◆みどり:彼女は正直だし、オープンだと思わない?
彼女は....。
◆K:昨日 APICHA で会った年配のボランティアの中国人女性のことでしょ?
◆Johnny:ちょっと知り合いになりたかっただけなんだけどなあ。
◆みどり:彼女はあなたに話させるものね。
私、もっと話させたいわ。
◆Johnny:彼女とは随分話したよ!
◆みどり:本当よく話したわよね。
最後になんて言ってたか憶えてる?
「随分話せて楽しかったわ」だって<笑い>。
◆Johnny:ヘレンはとてもいい人だよ。僕の電話番号教えて、彼女も教えてくれて、話したくなったらいつでも電話しなさいって。
彼女と話してるととても楽しいよ。
気にかけてくれる人たち、必要なものを整えてくれる人たちがいてくれて本当にうれしいと思うよ。いつも気にかけてくれたり、助けになってくれる人たちが大勢いてくれるから本当に心強い....。
少しずつだけど、彼らが僕の心を和らげてくれていることが分かってきたんだ。
◆みどり:ジョニーのサポート・グループの年配の人たちはとても素敵で、私たちが部屋に入っていくとすぐに立ち上がって握手して、昨日なんかジョニーのまわりに一度に4つも5つも手があって....。
◆Johnny:そうだったね。
◆みどり:みんなあなたを助けようとしてるのよ。私はもう必要ないんじゃないかと思ったわ。
私たち(APICHA)は、いまフレンドシップの輪を広げようとしてるんです。
◆K:難しいな。簡単っていえば簡単なんだけど。
◆みどり:Kさんは、友だちでいるとか、あなたのために側にいるとか、とてもシンプルに聞こえるけど、すごく難しいって言ってるのよ。
◆Johnny:ああ、簡単じゃないさ。
Buddy in New York - お互いに気にかけている人
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ お互いに気にかけている人
◆K:バディと友情との違いは何か?ってみどりさんに聞いたんです。
でも、彼女と話したあと、私たち日本人は本当の友情なんて理解してないんじゃないか?ってことに気がついたんです。だとすると、ばかげた質問だったよね。
◆Johnny:バディは、HIV や AIDS を持っている人と友だちになるボランティアにオーガナイゼーションが与えた名前だけど、僕はみどりのことをバディだと考えたことはないよ。彼女は僕の親友なんだ。
◆K:だから、多分日本では、何がバディかを学ぶ前に、何が友情かとか、何が愛情かとかを真面目に考え始めた方がよさそうだね。
おそらくそれが答なんだろうな....。
◆Jasmine:彼らがバディって言うのは、ここにあなたのためのボランティアがいますよって言うよりも、バディって言ったほうが親しい感じがするし、いい言葉だからだと思うわ。
ボランティアと言うと仰々しい感じがするし、バディは感じのいいピッタリの言葉だわ。
◆K:問題は、どうやって説明するかなんだ、多分。どうやったら説明できるのかわからないな。
◆Johnny:お互いに気にかけている人? 助けが必要な人を助ける人? それだけだよ。
◆K:ああ、とてもシンプルだね。
1月に日本で大きな地震があったのは知ってる?
◆Johnny:もちろん。
◆K:その時は、確かに助け合うことができたんです。何故なら、誰もが神戸で何が起こっているか、テレビで見て知ってたから。ところが、他のことになると、何が起こっているのかよく理解できない。だから、お互いに助け合うために立ち上がることができないんだ、大抵は....。
◆Johnny:何かおそれてるからなのかな? 偏見とか何か....。
◆みどり:PWAs(People with AIDS)に対して?
◆K:多分 HIV 特有のことではないと思う。
日本ではあらゆることが均一だから、違うものは何でも除外しようとしがちなんだ。
◆みどり:日本人は何か大切なものをなくしちゃったんじゃないかしら。昔は助け合って生きていたはずなのよ。
◆K:私もそう思う。
◆みどり:歴史を遡ればね。
◆Johnny:何でもそうだけど、HIV で困っているような人を助けるのはとても大切なことなんだ。ケアと理解を示して....。
◆みどり:どうして他人を助けられるんだと思う?
◆Johnny:え?
◆K:<笑い>。
◆Johnny:どうして他人を助けられるんだと思うかって?
ジャズミン、答えられる?<笑い>
◆みどり:誰かを助けたいと思うとき、じゃあ、どうして助けたいと思うの?
◆Johnny:だって、助けの必要な人を見たとき、助けずにはいられないだろう? 目の見えない人が道を渡ろうとしていたら....。
◆Jasmine:道を渡るのお手伝いしましょうか?とか言っちゃうわよね。
◆Johnny:目の見えない人の中には、そういうの嫌いな人もいるんだ。自力でやりたいと思ってる人が....。
僕は誰か来て助けてくれないかな?と思うんだけど(※1)、自分で頼むのは苦手なんだ。
※1 ジョニーはサイトメガロウイルス感染によりほとんど視力を失っている。
◆みどり:聞かれるのは構わないんでしょ?
◆Johnny:ああ、僕はね。でも、それは一人一人違うんだと思うよ。ものによってはあれは嫌いだとかこれは嫌いだとか、それは人によると思うよ。
でも、誰かが本当に僕を助けようとしてくれるなら、僕はいつだって嬉しいよ。僕が困っているのを見て、誰かが助けを申し出てくれると、僕はとっても嬉しくなるんだ。
◆K:ジョニーがどうしてほしいか分かるから助けられるんだろうね。
うーん、難しいな。
◆みどり:単純だから難しいのよ。
ジャズミンはどうして他人を助けたいと思うの?
◆Jasmine:学校でもやってるし、コミュニティ・サービスでもやってるわ。
◆みどり:どうして助けたい思うの?
◆Jasmine:どうして?
どうしてか?って言うと、助けを必要としている人が大勢いることは分かってるし、他にいい方法もないし、何もしないなんてできないわよ。誰かが助けなきゃ。
助けるのは、その人たちの喜ぶ顔が見たいからよ。悲しそうな顔なんて見たくないもの。私だって悲しくなるし。だから助けるのよ。
私は、そのコミュニティ・サービスで年に2回食べ物の配給を手伝ってるんだけど、英語をしゃべれない人でも嬉しそうな顔を見ることができるし、みんな笑顔で「ありがとう」って言ってるわ。彼らが幸せそうなのを見ていると、心の中がとてもゆたかになるの。
◆Johnny:ジャズミンはエイズ・ウォーク(※1)にも出てるし、僕の自慢の姪だよ。とても自慢なんだ。
※1 HIV/AIDS をサポートする世界最大の NGO である GMHC(Gay Men's Health Crisis, New York)が主催するファンド・レイジングのイベント。参加者(ボランティア)がニューヨーク市内を練り歩き、人数や距離に応じて企業や個人が寄付をする。寄付金は数億円に達する。
◆Jasmine:みんな時間を無駄に使ってるでしょ? 私は何か役に立ちたいわ。妹なんか一日中家にいてテレビ見てるだけ....。
◆Johnny:有意義な時間にしないとね。
◆K:いいんですか、みどりさん? ジョニー、タバコ吸ってますよ。
◆みどり:それは、彼が決めることです<笑い>。
彼、タバコはとめられてないんです。
◆Johnny:そうそう<笑い>。
◆みどり:稲田先生(※1)もOKって。あら、先生寝てるわ。
※1 稲田先生は、ニューヨークにあるセント・ルークス・ルーズベルト病院の内科・リウマチ学研究室の部長でありコロンビア大学の主任研究員。80年代初期からエイズの研究に関わっている。また、イナダ・ラング・エイズ研究財団を設立し、同病院を中心に日本人医師・医療関係者のための HIV/AIDS 医療研修プログラムを推進している。
稲田先生は、ファンド・レイジングのためにキャノン・ボールに出走を予定していたが、この日の早朝、スタート地点のデトロイトへ向かう途中で車が故障。これを引き取りに行き、肉体的な疲労と精神的な落胆の中、我々のインタビューにご同行下さった。
ちなみに、先生はヘビースモーカーでカンピー愛好家。
◆K:先生、疲れてるんだよ。
◆Johnny:だから静かだったんだね。
◆みどり:先生、随分疲れてるのね。
◆Johnny:もっと多くの人たちがこの病気のことを理解するようになれば、こわがるどころか、カジュアル・コンタクトではうつらないんだということが分かるはずだよ。セクシャル・コンタクトや静脈内に注射する麻薬使用以外ではうつらないんだということが....。
僕は、いまでも感染していることを知らない人に話すのは不安だよ。それを聞いた人がどう反応するか分からないから....。もっと多くの人たちが理解してくれたら、随分居心地がいいんだろうけどな。それが、僕があまり外出しない理由なんだ。それは、この近所でも起こり得ることだし....。でも、エイズなんて全然気にしないっていう人もいて、時には勇気付けられることもあるよ。理解さえすれば、彼らも差別しないんだろうけどね。
※1 ニューヨークでは禁煙運動が盛んで、ビル内や一定規模以上のレストランではタバコを吸うことができない。しかし、その反動で、戸外での喫煙は日常的な風景であり、路上には吸殻が目立つ。
◆K:バディと友情との違いは何か?ってみどりさんに聞いたんです。
でも、彼女と話したあと、私たち日本人は本当の友情なんて理解してないんじゃないか?ってことに気がついたんです。だとすると、ばかげた質問だったよね。
◆Johnny:バディは、HIV や AIDS を持っている人と友だちになるボランティアにオーガナイゼーションが与えた名前だけど、僕はみどりのことをバディだと考えたことはないよ。彼女は僕の親友なんだ。
◆K:だから、多分日本では、何がバディかを学ぶ前に、何が友情かとか、何が愛情かとかを真面目に考え始めた方がよさそうだね。
おそらくそれが答なんだろうな....。
◆Jasmine:彼らがバディって言うのは、ここにあなたのためのボランティアがいますよって言うよりも、バディって言ったほうが親しい感じがするし、いい言葉だからだと思うわ。
ボランティアと言うと仰々しい感じがするし、バディは感じのいいピッタリの言葉だわ。
◆K:問題は、どうやって説明するかなんだ、多分。どうやったら説明できるのかわからないな。
◆Johnny:お互いに気にかけている人? 助けが必要な人を助ける人? それだけだよ。
◆K:ああ、とてもシンプルだね。
1月に日本で大きな地震があったのは知ってる?
◆Johnny:もちろん。
◆K:その時は、確かに助け合うことができたんです。何故なら、誰もが神戸で何が起こっているか、テレビで見て知ってたから。ところが、他のことになると、何が起こっているのかよく理解できない。だから、お互いに助け合うために立ち上がることができないんだ、大抵は....。
◆Johnny:何かおそれてるからなのかな? 偏見とか何か....。
◆みどり:PWAs(People with AIDS)に対して?
◆K:多分 HIV 特有のことではないと思う。
日本ではあらゆることが均一だから、違うものは何でも除外しようとしがちなんだ。
◆みどり:日本人は何か大切なものをなくしちゃったんじゃないかしら。昔は助け合って生きていたはずなのよ。
◆K:私もそう思う。
◆みどり:歴史を遡ればね。
◆Johnny:何でもそうだけど、HIV で困っているような人を助けるのはとても大切なことなんだ。ケアと理解を示して....。
◆みどり:どうして他人を助けられるんだと思う?
◆Johnny:え?
◆K:<笑い>。
◆Johnny:どうして他人を助けられるんだと思うかって?
ジャズミン、答えられる?<笑い>
◆みどり:誰かを助けたいと思うとき、じゃあ、どうして助けたいと思うの?
◆Johnny:だって、助けの必要な人を見たとき、助けずにはいられないだろう? 目の見えない人が道を渡ろうとしていたら....。
◆Jasmine:道を渡るのお手伝いしましょうか?とか言っちゃうわよね。
◆Johnny:目の見えない人の中には、そういうの嫌いな人もいるんだ。自力でやりたいと思ってる人が....。
僕は誰か来て助けてくれないかな?と思うんだけど(※1)、自分で頼むのは苦手なんだ。
※1 ジョニーはサイトメガロウイルス感染によりほとんど視力を失っている。
◆みどり:聞かれるのは構わないんでしょ?
◆Johnny:ああ、僕はね。でも、それは一人一人違うんだと思うよ。ものによってはあれは嫌いだとかこれは嫌いだとか、それは人によると思うよ。
でも、誰かが本当に僕を助けようとしてくれるなら、僕はいつだって嬉しいよ。僕が困っているのを見て、誰かが助けを申し出てくれると、僕はとっても嬉しくなるんだ。
◆K:ジョニーがどうしてほしいか分かるから助けられるんだろうね。
うーん、難しいな。
◆みどり:単純だから難しいのよ。
ジャズミンはどうして他人を助けたいと思うの?
◆タバコある? Johnny
◆大丈夫? K
◆大丈夫だよ<笑い>。 Johnny
◆Jasmine:学校でもやってるし、コミュニティ・サービスでもやってるわ。
◆みどり:どうして助けたい思うの?
◆Jasmine:どうして?
どうしてか?って言うと、助けを必要としている人が大勢いることは分かってるし、他にいい方法もないし、何もしないなんてできないわよ。誰かが助けなきゃ。
助けるのは、その人たちの喜ぶ顔が見たいからよ。悲しそうな顔なんて見たくないもの。私だって悲しくなるし。だから助けるのよ。
私は、そのコミュニティ・サービスで年に2回食べ物の配給を手伝ってるんだけど、英語をしゃべれない人でも嬉しそうな顔を見ることができるし、みんな笑顔で「ありがとう」って言ってるわ。彼らが幸せそうなのを見ていると、心の中がとてもゆたかになるの。
◆Johnny:ジャズミンはエイズ・ウォーク(※1)にも出てるし、僕の自慢の姪だよ。とても自慢なんだ。
※1 HIV/AIDS をサポートする世界最大の NGO である GMHC(Gay Men's Health Crisis, New York)が主催するファンド・レイジングのイベント。参加者(ボランティア)がニューヨーク市内を練り歩き、人数や距離に応じて企業や個人が寄付をする。寄付金は数億円に達する。
◆Jasmine:みんな時間を無駄に使ってるでしょ? 私は何か役に立ちたいわ。妹なんか一日中家にいてテレビ見てるだけ....。
◆Johnny:有意義な時間にしないとね。
◆メンソールのタバコだけど? K
◆僕、メンソール好きなんだよ。 Johnny
◆K:いいんですか、みどりさん? ジョニー、タバコ吸ってますよ。
◆みどり:それは、彼が決めることです<笑い>。
彼、タバコはとめられてないんです。
◆Johnny:そうそう<笑い>。
◆みどり:稲田先生(※1)もOKって。あら、先生寝てるわ。
※1 稲田先生は、ニューヨークにあるセント・ルークス・ルーズベルト病院の内科・リウマチ学研究室の部長でありコロンビア大学の主任研究員。80年代初期からエイズの研究に関わっている。また、イナダ・ラング・エイズ研究財団を設立し、同病院を中心に日本人医師・医療関係者のための HIV/AIDS 医療研修プログラムを推進している。
稲田先生は、ファンド・レイジングのためにキャノン・ボールに出走を予定していたが、この日の早朝、スタート地点のデトロイトへ向かう途中で車が故障。これを引き取りに行き、肉体的な疲労と精神的な落胆の中、我々のインタビューにご同行下さった。
ちなみに、先生はヘビースモーカーでカンピー愛好家。
◆K:先生、疲れてるんだよ。
◆Johnny:だから静かだったんだね。
◆みどり:先生、随分疲れてるのね。
◆Johnny:もっと多くの人たちがこの病気のことを理解するようになれば、こわがるどころか、カジュアル・コンタクトではうつらないんだということが分かるはずだよ。セクシャル・コンタクトや静脈内に注射する麻薬使用以外ではうつらないんだということが....。
僕は、いまでも感染していることを知らない人に話すのは不安だよ。それを聞いた人がどう反応するか分からないから....。もっと多くの人たちが理解してくれたら、随分居心地がいいんだろうけどな。それが、僕があまり外出しない理由なんだ。それは、この近所でも起こり得ることだし....。でも、エイズなんて全然気にしないっていう人もいて、時には勇気付けられることもあるよ。理解さえすれば、彼らも差別しないんだろうけどね。
◆ポケット灰皿だよ。 K
◆ニューヨークのスモーカーの必需品だね(※1)<笑い>。 Johnny
※1 ニューヨークでは禁煙運動が盛んで、ビル内や一定規模以上のレストランではタバコを吸うことができない。しかし、その反動で、戸外での喫煙は日常的な風景であり、路上には吸殻が目立つ。
Buddy in New York - ささえてくれる人のために
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ ささえてくれる人のために
◆F:今日、ジョニーのごく自然な姿勢を見て、ちょっと驚いてるんだけど....。
◆Johnny:以前はそうじゃなかったから、みんな随分驚くよ。
僕は目が見えないんだ。左目の視力がなくなったときはとても辛かったけど、今では右目もボンヤリ影が分かる程度になってしまった。でも、僕にとって重要なのは、強く生きることなんだ。強く生きて、ギブ・アップしない。そのことが、僕を助けてくれる家族や友だちのささえになる。僕を背後からささえてくれる家族や友だちを悲しませることはできないよ。
◆K:それは、HIV 検査で陽性と分かる前から同じ姿勢なの?
◆Johnny:全然違うよ。
◆K:変わったということ?
◆Johnny:そう。随分変わったよ。だって、あまり時間が、生きている時間がないから。
何がしたい?とか聞かれるんだけど....。例えばバケーションにしたって、僕は目が見えないからエンジョイできないし、映画も好きなんだけど....。だから、僕は自分にできる他のやりかた、他のことを見つけなきゃならないんだ。
◆みどり:徐々に見つけてきてるじゃない。
◆Johnny:そう思う?
◆みどり:今あなたは他の人にメッセージを伝えてるし....。
◆Johnny:ギブ・アップしたくないんだ。何か役に立つ仕事がしたいんだ。何もできないほどからだが弱っているとは思わないし、HIV ポジティブというだけで何かしてもらってばかりいるように感じるんだ。助けてもらってることは分かってるよ。でも、僕もボランティアとして他の人のために働きたいんだ。
◆Jasmine:これはできない、あれもできないと言って何もしない消極的な人がいたら、ちょっとプッシュしてあげて、何かをするように仕向けるのはいいことだと思うわ。 「やってみようよ」って元気付けてあげるのよ。そうすれば、その人は強くなるし、強くなったと感じると思うの。 「ああ、この人は、私ができると信じてるんだ」って。
◆みどり:勇気付けてあげるのね?
◆Jasmine:そう。そういう勇気付けがあれば、随分大勢の人たちが、自分にはいろいろなことができると思うようになるわ。だから、「あなたならできるわよ、やってごらんなさいよ」って言ってくれる人が必要よ。そして、実際にやってそれができれば、気持ちがいいし、自信もつくと思うの。
そういう意味でも、バディは大切だと思うわ。
◆Johnny:ネガティブに考えちゃダメなんだよ、ポジティブに考えなきゃ。ネガティブにとらえるとからだもまいっちゃうし....。自分自身を信じなきゃ。
◆F:みどりさんはジョニーから何を受け取ってると思う?
◆みどり:友情。特に、ここには家族がいないし、あなたは私の弟のようなものだし、あなたの家族は私の家族のようなものなの。
◆Johnny:僕の両親は彼女をとても愛してるよ。
◆みどり:いつでも歓待してくれるし、彼らといることがとても楽しいし....。
それから、私もジョニーから生きる活力を得ていると思うの。
彼はいつも私のことを気にかけてくれて、「ちゃんと寝なきゃダメだよ」、「働き過ぎちゃダメだよ」って言ってくれるの。
◆Johnny:彼女はいつも仕事ばかりしてて、忙しくて忙しくて、彼女の時間なんて全然ないんだ。それに、いつもやたら重いカバンを持ち歩いているんだ。
◆K:それは知ってるよ。何でも入ってるだろ?
◆Johnny:まったく驚きだよ。
◆K:日本ではボランティアは「何かを与えること」だと思われてるんだ。
◆みどり:絶対に得てるものがあるはずなのよ。
ジャズミン、言ってること分かる?
◆Jasmine:ええ。
◆みどり:基本的に私もさっきジャズミンが言ったのと同じように考えてるの。
ジョニーが悲しいと私も悲しいし、彼が幸せなら私も幸せなの。あなたの笑顔が見たいだけなのよ。あなたの笑顔が私を幸せにするし、それが私の心のささえにもなる....。
私、日本人ってもう少し「素朴」にならなきゃいけないんじゃないかと思う。
楽しんでいることを心から楽しまなきゃ。
◆F:中国の人はどうなのかな?
◆Jasmine:年配の中国人は、本国ではほとんどの人が貧乏でお金もなくて、アメリカへ移民してきて、子供には楽をさせたくて猛烈に働いて....。
私の両親も、同じように私や妹が楽できるように一所懸命働いて....。それは、自分たちのためにやるんじゃなくて、子供のためにやってるのよ。自分の子供を幸せにするために....。本国でもそうじゃないかと思うんだけど、節約して、子供のためにお金を残して....。
◆Johnny:ジャズミンの両親はとてもハードなんだ。彼らはアイスクリーム店のオーナーで、一日11時間、一週間休みなしで働くんだ。家族を養い、子供を学校に、大学に行かせるために。子供のためには惜しみなく使う。姉さん(ジャズミンの母親)は、いつも感謝の気持ちを忘れるなって言ってるよ。
毎日働いて、休みは一日もなし。仕事、仕事、仕事。
◆みどり:お父さんは、あなたのこととても気にかけてるわ。
あなたが入院してたとき、言われるまで毎日毎日お見舞いに来られてたじゃない? 病院まで1時間以上かかるでしょ?
◆Jasmine:お祖父さんは、ジョニーのためにできることは何でもするわ。
◆Johnny:十分にコミュニケートできなくてもね....。
◆みどり:でも、あなたのお父さんがとても心配してることはよく分かるでしょ?
◆Jasmine:一族みんなが気にかけてるのよ。誰かが傷つけば、他の誰かが助ける。お祖父さんだけじゃなくて、私だって放課後とかにお見舞いに行くし....。
◆みどり:だからあなたの家族は大好きなのよ。うらやましいと思うわ。本当にいい家族よ。
◆Johnny:みどりとかがそう言ってくれても、最初はよく分からなかったんだ。
父さんがお見舞いに来たとき、僕の友だち(HIV感染者)はとてもびっくりして、彼の父親はそうしてくれないってとてもうらやましがってたよ。
以前はそういうことがよく理解できなかったんだ。
◆みどり:本当すごいと思うわ。ジャズミンもあなたを助けてる。お姉さんもあなたを助けてる。
◆K:もしかしたら、僕たち日本人は、お互いに助け合うことの大切さを理解する、あるいは思い出すスタート・ラインにいるのかもしれないね。理解するために、彼らをちょっとプッシュしなきゃ。
そろそろ行きましょうか?
◆F:あまり長いと....。
◆みどり:ジョニー、帰る?
◆K:どうもありがとう。
◆Johnny:どういたしまして。また、いつでも。
◆F:今日、ジョニーのごく自然な姿勢を見て、ちょっと驚いてるんだけど....。
◆Johnny:以前はそうじゃなかったから、みんな随分驚くよ。
僕は目が見えないんだ。左目の視力がなくなったときはとても辛かったけど、今では右目もボンヤリ影が分かる程度になってしまった。でも、僕にとって重要なのは、強く生きることなんだ。強く生きて、ギブ・アップしない。そのことが、僕を助けてくれる家族や友だちのささえになる。僕を背後からささえてくれる家族や友だちを悲しませることはできないよ。
◆K:それは、HIV 検査で陽性と分かる前から同じ姿勢なの?
◆Johnny:全然違うよ。
◆K:変わったということ?
◆Johnny:そう。随分変わったよ。だって、あまり時間が、生きている時間がないから。
何がしたい?とか聞かれるんだけど....。例えばバケーションにしたって、僕は目が見えないからエンジョイできないし、映画も好きなんだけど....。だから、僕は自分にできる他のやりかた、他のことを見つけなきゃならないんだ。
◆みどり:徐々に見つけてきてるじゃない。
◆Johnny:そう思う?
◆みどり:今あなたは他の人にメッセージを伝えてるし....。
◆Johnny:ギブ・アップしたくないんだ。何か役に立つ仕事がしたいんだ。何もできないほどからだが弱っているとは思わないし、HIV ポジティブというだけで何かしてもらってばかりいるように感じるんだ。助けてもらってることは分かってるよ。でも、僕もボランティアとして他の人のために働きたいんだ。
◆Jasmine:これはできない、あれもできないと言って何もしない消極的な人がいたら、ちょっとプッシュしてあげて、何かをするように仕向けるのはいいことだと思うわ。 「やってみようよ」って元気付けてあげるのよ。そうすれば、その人は強くなるし、強くなったと感じると思うの。 「ああ、この人は、私ができると信じてるんだ」って。
◆みどり:勇気付けてあげるのね?
◆Jasmine:そう。そういう勇気付けがあれば、随分大勢の人たちが、自分にはいろいろなことができると思うようになるわ。だから、「あなたならできるわよ、やってごらんなさいよ」って言ってくれる人が必要よ。そして、実際にやってそれができれば、気持ちがいいし、自信もつくと思うの。
そういう意味でも、バディは大切だと思うわ。
◆Johnny:ネガティブに考えちゃダメなんだよ、ポジティブに考えなきゃ。ネガティブにとらえるとからだもまいっちゃうし....。自分自身を信じなきゃ。
◆F:みどりさんはジョニーから何を受け取ってると思う?
◆みどり:友情。特に、ここには家族がいないし、あなたは私の弟のようなものだし、あなたの家族は私の家族のようなものなの。
◆Johnny:僕の両親は彼女をとても愛してるよ。
◆みどり:いつでも歓待してくれるし、彼らといることがとても楽しいし....。
それから、私もジョニーから生きる活力を得ていると思うの。
彼はいつも私のことを気にかけてくれて、「ちゃんと寝なきゃダメだよ」、「働き過ぎちゃダメだよ」って言ってくれるの。
◆Johnny:彼女はいつも仕事ばかりしてて、忙しくて忙しくて、彼女の時間なんて全然ないんだ。それに、いつもやたら重いカバンを持ち歩いているんだ。
◆K:それは知ってるよ。何でも入ってるだろ?
◆Johnny:まったく驚きだよ。
◆K:日本ではボランティアは「何かを与えること」だと思われてるんだ。
◆みどり:絶対に得てるものがあるはずなのよ。
ジャズミン、言ってること分かる?
◆Jasmine:ええ。
◆みどり:基本的に私もさっきジャズミンが言ったのと同じように考えてるの。
ジョニーが悲しいと私も悲しいし、彼が幸せなら私も幸せなの。あなたの笑顔が見たいだけなのよ。あなたの笑顔が私を幸せにするし、それが私の心のささえにもなる....。
私、日本人ってもう少し「素朴」にならなきゃいけないんじゃないかと思う。
楽しんでいることを心から楽しまなきゃ。
◆F:中国の人はどうなのかな?
◆Jasmine:年配の中国人は、本国ではほとんどの人が貧乏でお金もなくて、アメリカへ移民してきて、子供には楽をさせたくて猛烈に働いて....。
私の両親も、同じように私や妹が楽できるように一所懸命働いて....。それは、自分たちのためにやるんじゃなくて、子供のためにやってるのよ。自分の子供を幸せにするために....。本国でもそうじゃないかと思うんだけど、節約して、子供のためにお金を残して....。
◆Johnny:ジャズミンの両親はとてもハードなんだ。彼らはアイスクリーム店のオーナーで、一日11時間、一週間休みなしで働くんだ。家族を養い、子供を学校に、大学に行かせるために。子供のためには惜しみなく使う。姉さん(ジャズミンの母親)は、いつも感謝の気持ちを忘れるなって言ってるよ。
毎日働いて、休みは一日もなし。仕事、仕事、仕事。
◆みどり:お父さんは、あなたのこととても気にかけてるわ。
あなたが入院してたとき、言われるまで毎日毎日お見舞いに来られてたじゃない? 病院まで1時間以上かかるでしょ?
◆Jasmine:お祖父さんは、ジョニーのためにできることは何でもするわ。
◆Johnny:十分にコミュニケートできなくてもね....。
◆みどり:でも、あなたのお父さんがとても心配してることはよく分かるでしょ?
◆Jasmine:一族みんなが気にかけてるのよ。誰かが傷つけば、他の誰かが助ける。お祖父さんだけじゃなくて、私だって放課後とかにお見舞いに行くし....。
◆みどり:だからあなたの家族は大好きなのよ。うらやましいと思うわ。本当にいい家族よ。
◆Johnny:みどりとかがそう言ってくれても、最初はよく分からなかったんだ。
父さんがお見舞いに来たとき、僕の友だち(HIV感染者)はとてもびっくりして、彼の父親はそうしてくれないってとてもうらやましがってたよ。
以前はそういうことがよく理解できなかったんだ。
◆みどり:本当すごいと思うわ。ジャズミンもあなたを助けてる。お姉さんもあなたを助けてる。
◆K:もしかしたら、僕たち日本人は、お互いに助け合うことの大切さを理解する、あるいは思い出すスタート・ラインにいるのかもしれないね。理解するために、彼らをちょっとプッシュしなきゃ。
そろそろ行きましょうか?
◆F:あまり長いと....。
◆みどり:ジョニー、帰る?
◆K:どうもありがとう。
◆Johnny:どういたしまして。また、いつでも。
Buddy in New York - おわりに(追記)
◇おわりに(追記)
エイズのような病気や今後私たちが直面する高齢化の問題は、医療技術や医療システムだけで解決できるものではない。また、日本の経済成長が臨界点に達すると同時に社会保障システムの限界も見え始めた。今後は個々人に求められるところがますます大きくなる。
さて、友情や愛情という言葉にはその質や深さは含まれていない。含まれていないのに、如何にも確固として実在するもののように取り扱われる。多分、これが話を分かりにくくしている原因の一つではないだろうか。
例えば、バディと友だち、バディと家族はどこが違うのかという質問は、一見率直で、部外者としては一応許されるものだと思う。だから、松本さんもジョニーも同様の質問に親切に答えようと苦心してくれたのだろう。しかし、どの程度の友だち、あるいはどんな家族関係と比較しようとしているのかは触れられていないのだから随分と無理な質問ではないか。
考えてみれば、HIV に感染し、あるいはエイズを発病したとき、その事実を受け容れ、ささえてくれる友だちが、はたして何人いるだろうか。家族はどうだろうか。
クライアントを『弟』のように思うと言った松本さんの言葉がとても印象的だった。
問題の本質は、友情や愛情の質を確かめない私たちの日常生活と社会生活にあるのかもしれない。逆に、HIV/AIDS という困難に直面した不特定の人間を、何の偏見もなく友だちとして受け容れる用意のできている人と、そのささえを受け容れることのできる人の関係を『バディ』と呼ぶとするなら、HIV/AIDS に類する事実を受け容れ、乗り越えることができなくて去っていく友だちや家族をいったい何と呼べばいいのだろうか。
どうも事情はそうらしい。そして、そのような背景があったからこそ、バディが一つのサポート・システムとして登場したと考えられる(もちろん、友だち、家族であればこそ受け容れにくいという側面もある)。
戦後の日本の高度経済成長は、そんな面倒くさいことを個々人が考えなくても済むようにすばらしい社会システムをつくり上げてくれた。病気は病院で治してくれるものと、それが全てだと思い込んでいる人のなんと多いことか。日本の社会システムが劣っているわけではないだろう。しかし、人と人とがささえ合うコミュニティ基盤が脆弱になっていることは認識しておかなければならない。補強する必要はある。
『バディは友だち』という当たり前過ぎて答えにならないような答えは、どのような状況でのどのような友だちかという前提を加えれば、とてもクリアな答えになっている。むしろ難しいのは、友情や愛情の質など振り返ってみたこともない、あるいはこれまでその必要もなかった人たちにそれがどう伝えられるかだろう。しかし、HIV/AIDS はもちろんのこと、現実の問題として間近に迫った高齢化社会をイメージするとき、これはどうしてもやっておかなければならない。
通常、友情や愛情の問題は、一歩日常から離れて、文学や芸術の中だけで議論されることが多いが、個々人にとって最近流行のQoL(Quality of Life)よりもさらに切実な問題として、もう一つの QoL、Quality of Love と QOF、Quality of Friendship について真面目に考え始める時期がきているのではないだろうか。
私たちに新たな認識と理解を与えてくれた松本さんとジョニー、そして二人を紹介して下さったセント・ルークス・ルーズベルト病院の稲田頼太郎先生に心から感謝しているし、このように素敵な人たちが『いる』ことに感謝したい。
また、今回のインタビューは APICHA の理解なしには実現しなかった。改めてお礼申し上げたい。
松本さんとジョニーにお会いしてからほどなく、私たちに美味しい中華料理をご馳走してくれたジョニーのお母さん(義母)が入院されたとの知らせを受けた。末期の乳がんだったが、まだ永住権を持たないお母さんは、最低の医療すら保障されず、悲しいことに数ヶ月後に亡くなられた。
そして、松本さんとジョニーにお会いした年の冬、松本さんが所用で一時帰国されると聞き、東京のあるホテルで食事をご一緒させていただくことにした。本当に楽しみにしていた再会だった。しかし、松本さんの様子は違った。ジョニーが亡くなった。松本さんがニューヨークを飛行機で飛び立った、ちょうどその時刻に、ジョニーは息を引き取ったという。何もかも知っていたのかもしれない。
こんな辛い思いをしたのは久しぶりだった。松本さんはどれほど悲しいだろう? 用意した鍋が虚しくゆげを上げ、そしてとめどなく涙が流れた。
エイズのような病気や今後私たちが直面する高齢化の問題は、医療技術や医療システムだけで解決できるものではない。また、日本の経済成長が臨界点に達すると同時に社会保障システムの限界も見え始めた。今後は個々人に求められるところがますます大きくなる。
さて、友情や愛情という言葉にはその質や深さは含まれていない。含まれていないのに、如何にも確固として実在するもののように取り扱われる。多分、これが話を分かりにくくしている原因の一つではないだろうか。
例えば、バディと友だち、バディと家族はどこが違うのかという質問は、一見率直で、部外者としては一応許されるものだと思う。だから、松本さんもジョニーも同様の質問に親切に答えようと苦心してくれたのだろう。しかし、どの程度の友だち、あるいはどんな家族関係と比較しようとしているのかは触れられていないのだから随分と無理な質問ではないか。
考えてみれば、HIV に感染し、あるいはエイズを発病したとき、その事実を受け容れ、ささえてくれる友だちが、はたして何人いるだろうか。家族はどうだろうか。
クライアントを『弟』のように思うと言った松本さんの言葉がとても印象的だった。
問題の本質は、友情や愛情の質を確かめない私たちの日常生活と社会生活にあるのかもしれない。逆に、HIV/AIDS という困難に直面した不特定の人間を、何の偏見もなく友だちとして受け容れる用意のできている人と、そのささえを受け容れることのできる人の関係を『バディ』と呼ぶとするなら、HIV/AIDS に類する事実を受け容れ、乗り越えることができなくて去っていく友だちや家族をいったい何と呼べばいいのだろうか。
どうも事情はそうらしい。そして、そのような背景があったからこそ、バディが一つのサポート・システムとして登場したと考えられる(もちろん、友だち、家族であればこそ受け容れにくいという側面もある)。
戦後の日本の高度経済成長は、そんな面倒くさいことを個々人が考えなくても済むようにすばらしい社会システムをつくり上げてくれた。病気は病院で治してくれるものと、それが全てだと思い込んでいる人のなんと多いことか。日本の社会システムが劣っているわけではないだろう。しかし、人と人とがささえ合うコミュニティ基盤が脆弱になっていることは認識しておかなければならない。補強する必要はある。
『バディは友だち』という当たり前過ぎて答えにならないような答えは、どのような状況でのどのような友だちかという前提を加えれば、とてもクリアな答えになっている。むしろ難しいのは、友情や愛情の質など振り返ってみたこともない、あるいはこれまでその必要もなかった人たちにそれがどう伝えられるかだろう。しかし、HIV/AIDS はもちろんのこと、現実の問題として間近に迫った高齢化社会をイメージするとき、これはどうしてもやっておかなければならない。
通常、友情や愛情の問題は、一歩日常から離れて、文学や芸術の中だけで議論されることが多いが、個々人にとって最近流行のQoL(Quality of Life)よりもさらに切実な問題として、もう一つの QoL、Quality of Love と QOF、Quality of Friendship について真面目に考え始める時期がきているのではないだろうか。
私たちに新たな認識と理解を与えてくれた松本さんとジョニー、そして二人を紹介して下さったセント・ルークス・ルーズベルト病院の稲田頼太郎先生に心から感謝しているし、このように素敵な人たちが『いる』ことに感謝したい。
また、今回のインタビューは APICHA の理解なしには実現しなかった。改めてお礼申し上げたい。
《追記》
松本さんとジョニーにお会いしてからほどなく、私たちに美味しい中華料理をご馳走してくれたジョニーのお母さん(義母)が入院されたとの知らせを受けた。末期の乳がんだったが、まだ永住権を持たないお母さんは、最低の医療すら保障されず、悲しいことに数ヶ月後に亡くなられた。
そして、松本さんとジョニーにお会いした年の冬、松本さんが所用で一時帰国されると聞き、東京のあるホテルで食事をご一緒させていただくことにした。本当に楽しみにしていた再会だった。しかし、松本さんの様子は違った。ジョニーが亡くなった。松本さんがニューヨークを飛行機で飛び立った、ちょうどその時刻に、ジョニーは息を引き取ったという。何もかも知っていたのかもしれない。
こんな辛い思いをしたのは久しぶりだった。松本さんはどれほど悲しいだろう? 用意した鍋が虚しくゆげを上げ、そしてとめどなく涙が流れた。
1995年2月8日水曜日
緊急報告!! 阪神大震災救援ボランティア(KOBE RELIEF)
東北関東大震災から明日で1ヶ月。全く先が見えてこない中、阪神淡路大震災(1995年1月17日発生)のときはどうしていたんだろう、と思って捜してみたら当時書いたものを見つけた。
当時私は日本の製薬会社に勤務し、その会社の企業内労働組合(組合員1300人)の非専従(仕事と兼任)の中央執行委員長をしていた。地震当日は休暇でハワイにいたが、帰国後すぐに支援活動を模索し始め、28日には余震の続く中、現地でボランティア活動を始めた。陸路はまだ確保されておらず、メリケン波止場から現地に入った。
以下は、その労働組合の2月8日付の機関紙に投稿した報告書である。当時、ボランティアという概念そのものがまだ新しく、このような広報活動が必要だったのだろう。
大型輸送ヘリが風を切るブワン・ブワン・ブワンという低音の響きは、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』の幻想的なシーンを思い起こさせるが、今この自衛隊のヘリコプターは、兵隊や武器ではなく、パンやおにぎりを運んでいる。
28日、29日の2日間、連合兵庫の求めに応じて、当労組から第一陣2名(中央執行委員長(注:私)、書記長)が阪神大震災のボランティア(1泊2日)に参加し、被災者の方々の食糧の確保のための作業を行ってきたので報告する。
第二陣は、2月6日、7日の2日間、24時間体制で避難所で生活されている方々のお世話をするため被災地入りする。
<1月28日> 早朝自宅を出発/JRと地下鉄を乗り継いで大阪港(天保山)に集合(8時)/高速艇で神戸港へ(約1時間)/メリケン波止場から徒歩で東遊園地へ/神戸市の職員から指示を受け、トラックの荷台に乗って王子陸上競技場へ(渋滞のため11時到着)/日没まで作業(交代で昼食・休憩)/作業終了後トラックで連合兵庫へ移動/会議室で各自夕食(注:食事は各自持参)/就寝(毛布4枚支給)。
<1月29日> 各自朝食/8時、徒歩で王子陸上競技場へ移動(早足で1時間強、トラックの荷台が恋しい)/到着後5時まで作業(交代で昼食・休憩)/JRの代替バスで芦屋へ(約1時間30分)/芦屋からJRで帰宅(8時)。
組織として個人として いま何をすべきか ...
今回の災害を第二次世界大戦の空襲と比較する人も多い。確かに被害状況そのものは似ているかもしれないが、戦争中の人々の空襲に対する認識と、日本全国の『今回被害を受けていない人』が阪神大震災をどう捉えたかは全く違うものだと思う。
阪神大震災の映像と記事は有り余るほどある。しかし、5000人以上が死亡し、30万人が今も避難生活を余儀なくされているという事実に対して、私たちの想像力はあまりにも貧弱だ。私たちは、テレビや新聞を通じて、自分には直接被害のおよばない不幸を鑑賞することに慣れてしまっているのではないか。湾岸戦争もエイズも同じことだ。
日本という国が被った歴史的大災害を目の前にして、企業が労働組合が、そして一人ひとりの個人が各々の認識力に基づいてどう行動するか、今まさに問われようとしている。
我々が自らを『Human Union』と呼ぶようになってから、エイズに取り組み、また手話や障害者のスポーツ・ボランティアに取り組んできた。そして、いま、労組が本部をおく京都から僅か数十キロのことろに歴史的な大災害の被災地があり、数十万人もの被災者の方々が長期的な避難生活を余儀なくされている。この状況下、我々が求める『ゆとり・ゆたかさ』(注:当時の連合のスローガンだったのではないかと思う)とは何か、いま一度よく考えてみてほしい。組織として、個人として、いま何をすべきか、また何ができるのか、いま一度よく考えてみてほしい。
救援ボランティア 登録受付中
余ったおにぎりが焼かれたとか、ボランティアに行ってもすることがないとか、一部には正確な取材に基づかない心ない報道も見られる。
しかし、よく考えてみてほしい。
十分な情報のない中で、避難者の方々に行き渡るだけのおにぎりを届けようとすれば、余分に送るしか方法がない。当たり前ではないか。余った食糧は処分せざるを得ない。
また、ボランティアが十分に組織できていない現状があり、ボランティアへの需要も刻々変化する。ボランティアに対する需要と供給にはばらつきが生じる。
送られた衣類が山積みで放置されているとの報道もある。しかし、状況をよく見てほしい。衣類が余っているのではない。仕分けする人手がないのだ。
ボランティアは企業の生産ラインのように最適化できるものではない。今しばらく、人的にも物質的にも多少の無駄は受け入れなければならない。
阪神大震災への対応は明らかに長期戦になる。木目細かい活動にはボランティアの参画が不可欠。事態を正確に認識し、可能な範囲で手を差し伸べてほしい。
体力と気力のボランティア作業
組織化されていない集団に複雑なことはできない。私が担当した作業もいたって単純、ただ体力と根気だけが求められる。
自衛隊の大型輸送ヘリで大量の食糧が到着(写真1)。ボランティアと自衛隊が共同で食糧を搬出し(写真2)、台車で競技場の400mトラックの反対側に移動。約5分毎に飛来する小型ヘリに搬入(写真3)。
プロペラを回転させたままの作業で、危険といえばかなり危険な作業であった。
以上が私の担当した作業だが、救援物資を積んだ小型ヘリは、さらに中央区の東遊園地など被災各区に飛び、もう一度トラックに移し替えて(写真4)被災者の方々のもとへと届けられる。
渾然一体となって
阪神大震災の救援活動には本当にさまざまな人・ものが動員され、渾然一体となって機能し始めている。
私(写真5)が参加した食糧確保にも自衛隊員、レスキュー隊員、学生のボランティア、企業や労働組合が支援するボランティアなどが関与。外見はバラバラだが、全員一つの目的のために黙々と働いていた。
また、飛来する小型ヘリも各都道府県の消防局、海上保安庁、民間ヘリコプター会社、企業所有のものなど色とりどり。
調整機能が麻痺しているとの報道もあるが、それは現状として受け止めるとして、さまざまのチャンネルを通じて莫大なエネルギーがここに結集されつつあることは確かだ。
避難所を疑似体験して
宿泊は中央区にある連合兵庫の会議室で雑魚寝。電気以外のライフラインは断たれたままで、暖房なし、辛うじて水洗トイレが一部使用可(ただし、水は他の連合ボランティアが屋上タンクに運び上げてくれたもの)という状況。幸い電気ポットの差し入れがあったので、持参した水で暖かいカップラーメンを食べることができたが、それ以外は冷たいおにぎりや缶詰で食事。
スペースは一人毛布一枚分。結構広いように思われるかもしれないが、全くの他人とこれだけの距離で『生活する』のは一泊でも苦痛がある。また、当日も余震があり、思わずヘルメットを枕元へ。考えて見れば、ここは中央区、被災地の真中ではないか。毛布は一人4枚支給。当初、宿泊所に布団が用意されているとの情報を得ていたのでシュラフは持参しなかった。夜中から早朝にかけてその寒いこと、寒いこと。非常時の情報に確実はない。
本当に避難所生活者の方々のご苦労が身にしみた。
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当時私は日本の製薬会社に勤務し、その会社の企業内労働組合(組合員1300人)の非専従(仕事と兼任)の中央執行委員長をしていた。地震当日は休暇でハワイにいたが、帰国後すぐに支援活動を模索し始め、28日には余震の続く中、現地でボランティア活動を始めた。陸路はまだ確保されておらず、メリケン波止場から現地に入った。
以下は、その労働組合の2月8日付の機関紙に投稿した報告書である。当時、ボランティアという概念そのものがまだ新しく、このような広報活動が必要だったのだろう。
大型輸送ヘリが風を切るブワン・ブワン・ブワンという低音の響きは、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』の幻想的なシーンを思い起こさせるが、今この自衛隊のヘリコプターは、兵隊や武器ではなく、パンやおにぎりを運んでいる。28日、29日の2日間、連合兵庫の求めに応じて、当労組から第一陣2名(中央執行委員長(注:私)、書記長)が阪神大震災のボランティア(1泊2日)に参加し、被災者の方々の食糧の確保のための作業を行ってきたので報告する。
第二陣は、2月6日、7日の2日間、24時間体制で避難所で生活されている方々のお世話をするため被災地入りする。
<1月28日> 早朝自宅を出発/JRと地下鉄を乗り継いで大阪港(天保山)に集合(8時)/高速艇で神戸港へ(約1時間)/メリケン波止場から徒歩で東遊園地へ/神戸市の職員から指示を受け、トラックの荷台に乗って王子陸上競技場へ(渋滞のため11時到着)/日没まで作業(交代で昼食・休憩)/作業終了後トラックで連合兵庫へ移動/会議室で各自夕食(注:食事は各自持参)/就寝(毛布4枚支給)。<1月29日> 各自朝食/8時、徒歩で王子陸上競技場へ移動(早足で1時間強、トラックの荷台が恋しい)/到着後5時まで作業(交代で昼食・休憩)/JRの代替バスで芦屋へ(約1時間30分)/芦屋からJRで帰宅(8時)。
組織として個人として いま何をすべきか ...今回の災害を第二次世界大戦の空襲と比較する人も多い。確かに被害状況そのものは似ているかもしれないが、戦争中の人々の空襲に対する認識と、日本全国の『今回被害を受けていない人』が阪神大震災をどう捉えたかは全く違うものだと思う。
阪神大震災の映像と記事は有り余るほどある。しかし、5000人以上が死亡し、30万人が今も避難生活を余儀なくされているという事実に対して、私たちの想像力はあまりにも貧弱だ。私たちは、テレビや新聞を通じて、自分には直接被害のおよばない不幸を鑑賞することに慣れてしまっているのではないか。湾岸戦争もエイズも同じことだ。
日本という国が被った歴史的大災害を目の前にして、企業が労働組合が、そして一人ひとりの個人が各々の認識力に基づいてどう行動するか、今まさに問われようとしている。
我々が自らを『Human Union』と呼ぶようになってから、エイズに取り組み、また手話や障害者のスポーツ・ボランティアに取り組んできた。そして、いま、労組が本部をおく京都から僅か数十キロのことろに歴史的な大災害の被災地があり、数十万人もの被災者の方々が長期的な避難生活を余儀なくされている。この状況下、我々が求める『ゆとり・ゆたかさ』(注:当時の連合のスローガンだったのではないかと思う)とは何か、いま一度よく考えてみてほしい。組織として、個人として、いま何をすべきか、また何ができるのか、いま一度よく考えてみてほしい。
救援ボランティア 登録受付中余ったおにぎりが焼かれたとか、ボランティアに行ってもすることがないとか、一部には正確な取材に基づかない心ない報道も見られる。
しかし、よく考えてみてほしい。
十分な情報のない中で、避難者の方々に行き渡るだけのおにぎりを届けようとすれば、余分に送るしか方法がない。当たり前ではないか。余った食糧は処分せざるを得ない。
また、ボランティアが十分に組織できていない現状があり、ボランティアへの需要も刻々変化する。ボランティアに対する需要と供給にはばらつきが生じる。
送られた衣類が山積みで放置されているとの報道もある。しかし、状況をよく見てほしい。衣類が余っているのではない。仕分けする人手がないのだ。
ボランティアは企業の生産ラインのように最適化できるものではない。今しばらく、人的にも物質的にも多少の無駄は受け入れなければならない。
阪神大震災への対応は明らかに長期戦になる。木目細かい活動にはボランティアの参画が不可欠。事態を正確に認識し、可能な範囲で手を差し伸べてほしい。
体力と気力のボランティア作業組織化されていない集団に複雑なことはできない。私が担当した作業もいたって単純、ただ体力と根気だけが求められる。
自衛隊の大型輸送ヘリで大量の食糧が到着(写真1)。ボランティアと自衛隊が共同で食糧を搬出し(写真2)、台車で競技場の400mトラックの反対側に移動。約5分毎に飛来する小型ヘリに搬入(写真3)。
プロペラを回転させたままの作業で、危険といえばかなり危険な作業であった。
以上が私の担当した作業だが、救援物資を積んだ小型ヘリは、さらに中央区の東遊園地など被災各区に飛び、もう一度トラックに移し替えて(写真4)被災者の方々のもとへと届けられる。
渾然一体となって
阪神大震災の救援活動には本当にさまざまな人・ものが動員され、渾然一体となって機能し始めている。
私(写真5)が参加した食糧確保にも自衛隊員、レスキュー隊員、学生のボランティア、企業や労働組合が支援するボランティアなどが関与。外見はバラバラだが、全員一つの目的のために黙々と働いていた。
また、飛来する小型ヘリも各都道府県の消防局、海上保安庁、民間ヘリコプター会社、企業所有のものなど色とりどり。
調整機能が麻痺しているとの報道もあるが、それは現状として受け止めるとして、さまざまのチャンネルを通じて莫大なエネルギーがここに結集されつつあることは確かだ。
避難所を疑似体験して
宿泊は中央区にある連合兵庫の会議室で雑魚寝。電気以外のライフラインは断たれたままで、暖房なし、辛うじて水洗トイレが一部使用可(ただし、水は他の連合ボランティアが屋上タンクに運び上げてくれたもの)という状況。幸い電気ポットの差し入れがあったので、持参した水で暖かいカップラーメンを食べることができたが、それ以外は冷たいおにぎりや缶詰で食事。
スペースは一人毛布一枚分。結構広いように思われるかもしれないが、全くの他人とこれだけの距離で『生活する』のは一泊でも苦痛がある。また、当日も余震があり、思わずヘルメットを枕元へ。考えて見れば、ここは中央区、被災地の真中ではないか。毛布は一人4枚支給。当初、宿泊所に布団が用意されているとの情報を得ていたのでシュラフは持参しなかった。夜中から早朝にかけてその寒いこと、寒いこと。非常時の情報に確実はない。
本当に避難所生活者の方々のご苦労が身にしみた。
「コメントを書くのは面倒」という方は、あなたのリアクションをぜひワン・クリック投票して下さい(↓)。
1994年7月17日日曜日
AIDSボランティア訪米報告(Fact-Finding Visit to the US - AIDS Volunteer Work)
1994年7月4日~16日。当時私は日本の製薬会社に勤務し、その会社の企業内労働組合(組合員1300人)の非専従(仕事と兼任)の中央執行委員長をしていた。
連合が『ゆとり・ゆたかさ』を目標に掲げる中、医薬品産業に働くものが直接それを追求することには疑問を感じた。コミュニティという概念やお互いに助け合う構図の中で何か新しい切り口は見つけられないものかと考え、『AIDSボランティア』に焦点を当ててアメリカを訪れた。
1.はじめに - Preface
高齢化、痴呆、ガン、AIDS等への対応は、医薬品産業の社会的使命である。同時に、医薬品産業に働くものの労働組合として、我々に何ができるのか、真剣に検討しなければならない時期にきている。
企業内組合といえども、自らの豊かさを求めるだけでは自己完結することはできない。つまり、『社会的な広がり』の中で自らを位置づけることができなければ真の豊かさを見いだすことはできない。このような認識のもと、今般『AIDSボランティア』に焦点を当て、以下のような観点からアメリカの実状を学んだ(中央執行委員2名を派遣)ので報告する。今後の活動の基盤とするとともに、その成果を広く共有していきたい。
訪米の観点:《社会・教育・予防-ボランティア・カウンセリング》、《臨床・治療-医療現場》、《基礎研究》、《行政》、《労働組合》、《その他》。
写真:実際の報告書の表紙の一部。
2.ボランティア - Volunteer
アメリカに行ってすぐに気づいたのは、彼らにとってボランティアがごく自然な行為であるということ。もちろんボランティアをしないことも許容されている。
日本では、ボランティアといえば『善意』という言葉を思い浮かべるが、アメリカでは『当然の義務』のような印象を受けた。AIDSに関していえば、行政や医療体制・保険制度の狭間にできた空白地帯を多様なボランティアがサポートしている。政策や制度の不備を批判し、改善することも一つの重要な行動だが、何もしないことへの言い訳にもなる。本当に助けが必要な人に、現実的な方法で対処するという彼らの流儀(伝統)は、少なくとも当事者にとってきわめて実質的で心強い。
ボランティアは、その行為を受け取る人たちのために行うもの。『善意』はきっかけに過ぎない。
写真:小児病棟を慰問する Big Apple Circus のピエロたち。AIDSと闘う子供たちの強い味方だ。遊戯室はたちまちお祭り騒ぎ(Harlem Hospital Center, New York)。
3.コミュニティ - Community
アメリカのボランティア精神の底流には『コミュニティ』という概念があるようだ。しかし、我々が普通にイメージするコミュニティとはいささか趣が違う。AIDSへの対応を例にとると、ゲイのコミュニティが牽引役をはたしたし、おそらく現在の状況では「アメリカ」とか「人類」というようなサイズのコミュニティがイメージされていると思われる。
彼らは、自分が帰属するいくつかのコミュニティの中で必要に応じて、可能な範囲でお互いに助け合って生きている。誰が助け、誰が助けられているのかは大きな問題ではない。『助け合って』いる状態こそがコミュニティの要件だ。つまり、助け・助けられ、受け入れ・受け入れられることは、コミュニティの中で、その時その時の役割分担に過ぎない。
助け・受け入れるあなたがいなければ、助けられ・受け入れられるあなたもいないし、コミュニティも存在しない。
写真:たまたま不要になった食料がこうして必要な人に届けられる。飾り気はないが、ダンボール箱一つで事足りる(ActionAIDS, Philadelphia)。
4.カウンセリング - Counseling
アメリカでは、医療とカウンセリングが縦横の糸として複合的に機能している。
特にAIDSの場合、物理的・薬物的治療だけでは十分に機能しない。AIDSは精神的・経済的・社会的要素の大きい病気だ。HIV抗体検査の前後はもちろんのこと、陽性判定後、発病後もカウンセラーのはたす役割は大きい。AIDSは依然として死の病であり、感染者/患者およびその家族にとって心理的なサポートは不可欠である。さらに社会的(偏見や差別)・経済的(保険や住宅)問題を感染者/患者が独自に処理することは不可能に近い。
日本人は他人に心を開くのが苦手だ。しかし、AIDSに関しては感染者/患者を包括的に支える体制が不可欠だし、またその支えを受け入れる文化も必要だ。
写真:AIDSの医療現場において、カウンセリングとボランティアは、医療の一環として不可欠な要素である(NIH Clinical Center, Bethesda)。
5.AIDS先進国から - Information & Advice
行政、医療・研究、企業・労働組合、コミュニティなどの様々のチャンネルで、アメリカのAIDS対応策の枠組みはかなり整っていると感じた。
しかし、今回面会した誰もが口を揃えてこう言った。『現在の状況は、10年間の試行錯誤の結果だ。当初は偏見や差別に満ち満ちていたし、今だってなくなったわけじゃない』。確かにアメリカのたどってきた道が理想的なわけではない。実際に感染爆発を起こし、すでに20万人を超す犠牲者を出している。また、その背景にはホームレスや麻薬などの経済的、社会的な問題が複雑にからんでいる。
一方、日本ではその数は比べものにならないくらい少ない。しかし、だからといって今後も大丈夫だということにはならない。この現象は、単に現時点の、社会・経済情勢や感染経路などの偶然の所産に過ぎない。今までは幸運だったと言った方が正確だろう。事実、日本でも感染者は増加する傾向が見られる。それが急激な変化を見せたとき、はたしてあらゆるチャンネルを総動員して、ねばり強い瀬戸際作戦を展開していけるだろうか。
明らかにアメリカはAIDS先進国だ。幸いにして我々は、対策に必要な多くを彼らから学びとることができるし、彼らは喜んで協力してくれるだろう。そして何よりも彼らに見習うべきなのは、現在の比較的整備された状況そのものよりも、解決の糸口も見いだせない厳しい環境の中であらゆるチャンネルの関係者一人一人が現実を直視し、行動し、組織し、そしてAIDSに立ち向かってきた事実とそのプロセスなのではないだろうか。
写真:汚染物を捨てるための赤い容器(注射針・一般)や病室の注意書きなどはどの病棟でもよく整備されている。AIDS UNIT(エイズ病棟)特有の設備は特に見あたらない(St. Luke's-Roosevelt Hospital Center, New York / The Graduate Hospital, Philadelphia / Whitman・Walker Clinic Inc. (Elizabeth Taylor Medical Center), Washington, D.C.)。
写真:コンドームのキャンペーンが盛んに行われている。AIDSは性感染症の一つにも分類され、コンドームはHIV感染の予防に非常に有効な手段だ(Whitman・Walker Clinic Inc., Washington, D.C.)
6.あらゆる角度から - Multidisciplinary Approach
今回訪問した National Institute of Health(国立保健研究所、94会計年度の予算は約110億ドル、12%がAIDS関連予算)では、面会した各部門(National Cancer Institute (NCI)、Drug Abuse (NIDA)、Mental Health (NIMH)、Allergy and Infection Diseases (NIAID)、Fogarty International Center、Office of AIDS Research)の担当者の方々が、各部門の観点からそれぞれAIDSへの対応について熱心に語ってくれた。
このような全方向的な対応は日本的風土からは想像しにくいが、AIDSという病気の特性を考えれば、あらゆる観点からのアプローチが必要になる。また、そのようなアプローチがなければ、AIDSという病気に立ち向かっていけないということを実感した。
他人まかせ、お役所仕事、臭いものにはフタ式の発想を払拭しなければ、人類が直面している最大級の社会問題であるAIDSに対処できない。日本だけが例外のはずはない!
写真:IVDU(静脈注射による薬物使用)に関係するAIDS症例は全体の30%以上。NIDAがやっきになるのも当然のこと。
7.患者の視点 - If Positive?
AIDSの代表的な日和見感染症の一つであるカリニ肺炎の予防的治療にはペンタミジンのエアロゾル吸入が一般的である。吸入治療を行うためのチェンバーの中に座ってみた。大げさかもしれないが、それはまさにHIV感染の疑似体験だった。はずかしい話だが、ものの10秒で逃げ出した。
HIVに感染し、生と死に直面するストレスにさらされ、抗ウイルス剤の副作用と闘い、友人とも疎遠になり、ひょっとすると職を追われ家族からも見放された一人の感染者が、冷たい感じのするこの鉄の箱の中に座って、肺の奥深くまでペンタミジンを吸い込む。正面には『Do Not Spit!』の張り紙がしてある。治療は約30分、いったい何を思うのだろうか....。
日本の医療には患者の視点が欠落していると感じることが多い。AIDSの場合、診療そのものが拒否されるような事態も生じている。一度、感染者/患者の立場に立って、じっくりと考えてみてほしい。
写真:ペンタミジン・チェンバー(The Graduate Hospital, Philadelphia)。
8.困難に直面する前に - Let's Act Now!
アメリカで報告されたAIDS症例数は41万1907(94年6月現在、WHO)、感染者は100万人以上と推定されている。我々がフィラデルフィアで訪問した The Graduate Hospital だけでも、常時2000人以上の感染者/患者を治療している(外来主体に移行中)。医療機関にとって、もはや特別な病気ではない。
日本では、同じく6月末までに764のAIDS症例と3389人のHIV感染者(AIDS患者を含む)が報告されている(何れも凝固因子製剤によるものを含む)。確かに身近な病気として実感するのはむずかしいかもしれない。
しかし、実感できたときではもう遅すぎる。AIDSは、最初は徐々に、次に加速度的に、そして最後には爆発的に増加する。遅れれば遅れるほど対策はますますむずかしくなる。そして何より、あまりにも大きな犠牲と悲しみを強いられることになる。あなた自身、そしてあなたの配偶者や家族や友人や同僚がその困難に直面する前に、まず一人一人がAIDSを自分自身の問題として正確に認識し、行動する必要がある。
写真:年間のHIV感染発生数の推計(WHO資料)。今世紀末の感染者/患者の累計は3千万人から4千万人と予測されている。少なくとも世界の人口の200人に一人が感染することになる。特にアジアの増加傾向は注目に値する。
9.日本の現状 - in Japan...
日本の現状は10年前のアメリカの状況に近い。しかし、この数字は法律に基づいて報告されて症例の記載であり、特に感染者数については必ずしも実態を示すものではない。
世界的に見れば奇跡的な少なさだが、決して将来的にも増加しないことを保証するものではない。現状を幸運と喜ぶことはできても将来を楽観することは許されない。
大切なのは、早急に実態を把握し、今後の動向を予測すること。そして早い段階で必要な対策を講ずることだ。
事態を過小評価して無為に時間を浪費すれば、取り返しのつかないことになる。日本には国民皆保険制度や優れた教育システムがある。今なら、日本なりのやり方で何とか対応策を講ずることができるかもしれないのだ。
写真:94年6月末までの国内の感染者/患者数の推計(厚生省資料、凝固因子製剤による感染者/患者は除く)。グラフから明らかな増加傾向が読みとれる(特に女性)。少ないからといって油断は禁物。
10.今後に向けて - What We Can Do
『AIDSボランティア』に焦点を当て、社会貢献という観点から『我々に何ができるのか』が今回の訪米のテーマだった。そして、意外にも『できることから始める』というのがその答えだったように思う。これは個人はもとより、あらゆるスケールの組織活動に当てはめることができる。
訪米の結果として我々がいま強く必要性を感じていることを以下に列記し、同時にその重要性を広く訴えたい。
写真:『ぼくを抱きしめて』と両手を広げる子供(Harlem Hospital Center, New York)。
A.マクロ的対応に関して - Public Issues in Japan
◇早急に感染の実態を把握し、今後の動向を予測すること。
◇多方面におよぶ包括的な対応と社会的認知を喚起すること。
◇医療機関(医療体制・ネットワーク)、医師・医療従事者(十分な研修・教育)への緊急の対策。
◇感染者/患者の視点を重視し、今後の医療を展望すること。【感染者/患者に必要な医療・社会環境を総合的に整えていくという方向の発想が望まれる。カウンセリング導入に関する積極的な働きかけも必要。】
◇明らかに感染爆発を起こしつつあるアジアに対する対応。
B.労働組合として - Labor Unions
◇自らの構成員の保護が第一義的役割。
◇労働組合としての組織的対応と行政への働きかけ。【労働組合はAIDS対策の大きな枠組みの一つとなるべき組織体。特に医療や医薬に関わる労働組合では一層の取り組みが必要だ。】
◇ナショナルセンターとしての連合の役割。
C.我々の労働組合として - Our Union's Plan of Action
◇AIDSキャンペーン(予防、情報、職場の問題)の実施。
◇ボランティアに対する意識醸成(コミュニティの観点から)。
◇今回の訪米で得た成果を広く活用すること。
◇《A》《B》の各項目に対する支援、広報活動。
◇医療のあり方について改めて考える必要がある。医療・健康保険のシステムや財政の理屈が先行して、我々の目もそれに向けられている。しかし、まず議論されるべきは、我々が受ける医療の質であり、例えば一人のHIV感染者/AIDS患者として我々がどのような医療を望むかではないだろうか。
D.一人一人の問題として - Individuals
◇第一にAIDSが現実の問題であることを認識してほしい。そしてAIDSが投げかける様々の問題を、感染者/患者の視点を借り、一人一人の問題として考え、そして行動してほしい。
写真:笑顔で見送ってくれたAIDSホスピスのシスター。ホスピスは住宅地の中にあるごく普通の家だ。最後のひとときをできるだけ普通に快適に生活できるよう多くのボランティアが出入りする(Calcutta House, Philadelphia)。
11.We Visited:
ボランティア関連施設・組織
■ St. Luke's-Roosevelt Hospital Center (New York)・Friendly Visitor Program
■ People's Emergency Center (PEC)(Shelter for Homeless Women)(Philadelphia)
■ Calcutta House (Hospice for People with AIDS)(Philadelphia)
■ Metropolitan AIDS Neighborhood Nutrition Alliance (MSNNS)(Free Meal Service for Neighbors Living with HIV/AIDS)(Philadelphia)
■ We the People Living with HIV/AIDS (Community Center Run by People Living wiht HIV/AIDS for People Infected with and Affected by HIV/AIDS)(Philadelphia)
■ Philadelphia Health Management Corporation (PHMC)(Non-profit Public Health Organization)(Philadelphia)
■ ActionAIDS (Volunteer-Based, Not-for-Profit Organization)(Philadelphia)
■ AIDS Information Network (AIDS Libraries)(Philadelphia)
医療機関
■ St. Luke's-Roosevelt Hospital Center (New York)・AIDS Unit
■ Harlem Hospital Center (New York)・Pediatric AIDS Unit, Perrots from Big Apple Circus
■ Beth Israel Medical Center (New York)・AIDS Unit
■ The Graduate Hospital (Philadelphia)・AIDS Unit, Pentamidine Chambers
■ NIH Clinical Center, National Institute of Health (NIH)(Bethesda)・Social Work Department
■ Witman・Walker Clinic Inc. (Washington, D.C.)・Elizabeth Taylor Medical Center
研究機関
■ St. Luke's-Roosevelt Hospital Center (New York)・Inada-Lange Foundation for AIDS Research
■ National Cancer Institute (NCI), National Institute of Health (NIH)(Bethesda)
・DR. Tsuyoshi Kakefuda, Laboratory of Melecular Carcinogenesis
・Dr. Hiroaki Mitsuya, Experimental Retrovirology Section
■ National Institute of Health (NIH)(Bethesda)
<Q&A Session with Delegates from>
・Office of AIDS Research
・National Institute on Drug Abuse (NIDA)
・National Institute of Mental Health (NIMH)
・National Institute of Allergy and Infection Disease (NIAID)
・Fogarty International Center
政府機関
■ Office of AIDS and Special Health Issues, Food and Drug Administration (FDA)(Rockville)
■ Office of National AIDS Policy, Executive Office of the President (Washington, D.C.)
労働組合
■ Service Employee International Union (Washington, D.C.)
■ Laborers' International Union of North America (Washington, D.C.)
<Q&A Session with Delegates from>
・AIDS Project, American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)
・American Federation State County Municipal Employee (AFSCME)
・Social Security Administration
・Office of HIV/AIDS Education, American Red Cross
その他
■ Caremark Inc. (Health Care Company)(New York)
謝辞 - Acknwledgements
今回の訪米の企画にあたって、国立国際医療センター・エイズ医療情報室の桜井賢樹博士、IARC/WHOの山崎洋博士、NCI/NIHの掛札堅博士、ICEFの鈴木且巳氏・宮崎典子さん、LIUNAのマイケル・ボッグズ氏はじめ多くの方々のご支援をいただいた。AIDSコーディネータの林素子さんには、ニューヨーク、フィラデルフィアにおける訪問先のコーディネーションをお願いし、また現地での我々の行動を終始サポートしていただいた。ここに謹んで感謝申し上げます。
また、アメリカの約20施設で約50人(写真)の方々が我々の訪問をあたたかく受け入れ、貴重な情報と現実的なアドバイスを惜しみなく与えて下さった。心から感謝申し上げます。
連合が『ゆとり・ゆたかさ』を目標に掲げる中、医薬品産業に働くものが直接それを追求することには疑問を感じた。コミュニティという概念やお互いに助け合う構図の中で何か新しい切り口は見つけられないものかと考え、『AIDSボランティア』に焦点を当ててアメリカを訪れた。
1.はじめに - Preface高齢化、痴呆、ガン、AIDS等への対応は、医薬品産業の社会的使命である。同時に、医薬品産業に働くものの労働組合として、我々に何ができるのか、真剣に検討しなければならない時期にきている。
企業内組合といえども、自らの豊かさを求めるだけでは自己完結することはできない。つまり、『社会的な広がり』の中で自らを位置づけることができなければ真の豊かさを見いだすことはできない。このような認識のもと、今般『AIDSボランティア』に焦点を当て、以下のような観点からアメリカの実状を学んだ(中央執行委員2名を派遣)ので報告する。今後の活動の基盤とするとともに、その成果を広く共有していきたい。
訪米の観点:《社会・教育・予防-ボランティア・カウンセリング》、《臨床・治療-医療現場》、《基礎研究》、《行政》、《労働組合》、《その他》。
写真:実際の報告書の表紙の一部。
2.ボランティア - Volunteerアメリカに行ってすぐに気づいたのは、彼らにとってボランティアがごく自然な行為であるということ。もちろんボランティアをしないことも許容されている。
日本では、ボランティアといえば『善意』という言葉を思い浮かべるが、アメリカでは『当然の義務』のような印象を受けた。AIDSに関していえば、行政や医療体制・保険制度の狭間にできた空白地帯を多様なボランティアがサポートしている。政策や制度の不備を批判し、改善することも一つの重要な行動だが、何もしないことへの言い訳にもなる。本当に助けが必要な人に、現実的な方法で対処するという彼らの流儀(伝統)は、少なくとも当事者にとってきわめて実質的で心強い。
ボランティアは、その行為を受け取る人たちのために行うもの。『善意』はきっかけに過ぎない。
写真:小児病棟を慰問する Big Apple Circus のピエロたち。AIDSと闘う子供たちの強い味方だ。遊戯室はたちまちお祭り騒ぎ(Harlem Hospital Center, New York)。
3.コミュニティ - Communityアメリカのボランティア精神の底流には『コミュニティ』という概念があるようだ。しかし、我々が普通にイメージするコミュニティとはいささか趣が違う。AIDSへの対応を例にとると、ゲイのコミュニティが牽引役をはたしたし、おそらく現在の状況では「アメリカ」とか「人類」というようなサイズのコミュニティがイメージされていると思われる。
彼らは、自分が帰属するいくつかのコミュニティの中で必要に応じて、可能な範囲でお互いに助け合って生きている。誰が助け、誰が助けられているのかは大きな問題ではない。『助け合って』いる状態こそがコミュニティの要件だ。つまり、助け・助けられ、受け入れ・受け入れられることは、コミュニティの中で、その時その時の役割分担に過ぎない。
助け・受け入れるあなたがいなければ、助けられ・受け入れられるあなたもいないし、コミュニティも存在しない。
写真:たまたま不要になった食料がこうして必要な人に届けられる。飾り気はないが、ダンボール箱一つで事足りる(ActionAIDS, Philadelphia)。
4.カウンセリング - Counselingアメリカでは、医療とカウンセリングが縦横の糸として複合的に機能している。
特にAIDSの場合、物理的・薬物的治療だけでは十分に機能しない。AIDSは精神的・経済的・社会的要素の大きい病気だ。HIV抗体検査の前後はもちろんのこと、陽性判定後、発病後もカウンセラーのはたす役割は大きい。AIDSは依然として死の病であり、感染者/患者およびその家族にとって心理的なサポートは不可欠である。さらに社会的(偏見や差別)・経済的(保険や住宅)問題を感染者/患者が独自に処理することは不可能に近い。
日本人は他人に心を開くのが苦手だ。しかし、AIDSに関しては感染者/患者を包括的に支える体制が不可欠だし、またその支えを受け入れる文化も必要だ。
写真:AIDSの医療現場において、カウンセリングとボランティアは、医療の一環として不可欠な要素である(NIH Clinical Center, Bethesda)。
5.AIDS先進国から - Information & Advice行政、医療・研究、企業・労働組合、コミュニティなどの様々のチャンネルで、アメリカのAIDS対応策の枠組みはかなり整っていると感じた。
しかし、今回面会した誰もが口を揃えてこう言った。『現在の状況は、10年間の試行錯誤の結果だ。当初は偏見や差別に満ち満ちていたし、今だってなくなったわけじゃない』。確かにアメリカのたどってきた道が理想的なわけではない。実際に感染爆発を起こし、すでに20万人を超す犠牲者を出している。また、その背景にはホームレスや麻薬などの経済的、社会的な問題が複雑にからんでいる。
一方、日本ではその数は比べものにならないくらい少ない。しかし、だからといって今後も大丈夫だということにはならない。この現象は、単に現時点の、社会・経済情勢や感染経路などの偶然の所産に過ぎない。今までは幸運だったと言った方が正確だろう。事実、日本でも感染者は増加する傾向が見られる。それが急激な変化を見せたとき、はたしてあらゆるチャンネルを総動員して、ねばり強い瀬戸際作戦を展開していけるだろうか。
明らかにアメリカはAIDS先進国だ。幸いにして我々は、対策に必要な多くを彼らから学びとることができるし、彼らは喜んで協力してくれるだろう。そして何よりも彼らに見習うべきなのは、現在の比較的整備された状況そのものよりも、解決の糸口も見いだせない厳しい環境の中であらゆるチャンネルの関係者一人一人が現実を直視し、行動し、組織し、そしてAIDSに立ち向かってきた事実とそのプロセスなのではないだろうか。
写真:汚染物を捨てるための赤い容器(注射針・一般)や病室の注意書きなどはどの病棟でもよく整備されている。AIDS UNIT(エイズ病棟)特有の設備は特に見あたらない(St. Luke's-Roosevelt Hospital Center, New York / The Graduate Hospital, Philadelphia / Whitman・Walker Clinic Inc. (Elizabeth Taylor Medical Center), Washington, D.C.)。
写真:コンドームのキャンペーンが盛んに行われている。AIDSは性感染症の一つにも分類され、コンドームはHIV感染の予防に非常に有効な手段だ(Whitman・Walker Clinic Inc., Washington, D.C.)
6.あらゆる角度から - Multidisciplinary Approach今回訪問した National Institute of Health(国立保健研究所、94会計年度の予算は約110億ドル、12%がAIDS関連予算)では、面会した各部門(National Cancer Institute (NCI)、Drug Abuse (NIDA)、Mental Health (NIMH)、Allergy and Infection Diseases (NIAID)、Fogarty International Center、Office of AIDS Research)の担当者の方々が、各部門の観点からそれぞれAIDSへの対応について熱心に語ってくれた。
このような全方向的な対応は日本的風土からは想像しにくいが、AIDSという病気の特性を考えれば、あらゆる観点からのアプローチが必要になる。また、そのようなアプローチがなければ、AIDSという病気に立ち向かっていけないということを実感した。
他人まかせ、お役所仕事、臭いものにはフタ式の発想を払拭しなければ、人類が直面している最大級の社会問題であるAIDSに対処できない。日本だけが例外のはずはない!
写真:IVDU(静脈注射による薬物使用)に関係するAIDS症例は全体の30%以上。NIDAがやっきになるのも当然のこと。
7.患者の視点 - If Positive?AIDSの代表的な日和見感染症の一つであるカリニ肺炎の予防的治療にはペンタミジンのエアロゾル吸入が一般的である。吸入治療を行うためのチェンバーの中に座ってみた。大げさかもしれないが、それはまさにHIV感染の疑似体験だった。はずかしい話だが、ものの10秒で逃げ出した。
HIVに感染し、生と死に直面するストレスにさらされ、抗ウイルス剤の副作用と闘い、友人とも疎遠になり、ひょっとすると職を追われ家族からも見放された一人の感染者が、冷たい感じのするこの鉄の箱の中に座って、肺の奥深くまでペンタミジンを吸い込む。正面には『Do Not Spit!』の張り紙がしてある。治療は約30分、いったい何を思うのだろうか....。
日本の医療には患者の視点が欠落していると感じることが多い。AIDSの場合、診療そのものが拒否されるような事態も生じている。一度、感染者/患者の立場に立って、じっくりと考えてみてほしい。
写真:ペンタミジン・チェンバー(The Graduate Hospital, Philadelphia)。
| 日和見感染症:HIVに感染し、免疫機能が低下してくると、様々の感染症を発症しやすくなる。どの段階でどの感染症が発症するかは特性できないため、AIDSによく見られる一群の感染症は日和見感染症と呼ばれる。 |
8.困難に直面する前に - Let's Act Now!アメリカで報告されたAIDS症例数は41万1907(94年6月現在、WHO)、感染者は100万人以上と推定されている。我々がフィラデルフィアで訪問した The Graduate Hospital だけでも、常時2000人以上の感染者/患者を治療している(外来主体に移行中)。医療機関にとって、もはや特別な病気ではない。
日本では、同じく6月末までに764のAIDS症例と3389人のHIV感染者(AIDS患者を含む)が報告されている(何れも凝固因子製剤によるものを含む)。確かに身近な病気として実感するのはむずかしいかもしれない。
しかし、実感できたときではもう遅すぎる。AIDSは、最初は徐々に、次に加速度的に、そして最後には爆発的に増加する。遅れれば遅れるほど対策はますますむずかしくなる。そして何より、あまりにも大きな犠牲と悲しみを強いられることになる。あなた自身、そしてあなたの配偶者や家族や友人や同僚がその困難に直面する前に、まず一人一人がAIDSを自分自身の問題として正確に認識し、行動する必要がある。
写真:年間のHIV感染発生数の推計(WHO資料)。今世紀末の感染者/患者の累計は3千万人から4千万人と予測されている。少なくとも世界の人口の200人に一人が感染することになる。特にアジアの増加傾向は注目に値する。
9.日本の現状 - in Japan...日本の現状は10年前のアメリカの状況に近い。しかし、この数字は法律に基づいて報告されて症例の記載であり、特に感染者数については必ずしも実態を示すものではない。
世界的に見れば奇跡的な少なさだが、決して将来的にも増加しないことを保証するものではない。現状を幸運と喜ぶことはできても将来を楽観することは許されない。
大切なのは、早急に実態を把握し、今後の動向を予測すること。そして早い段階で必要な対策を講ずることだ。
事態を過小評価して無為に時間を浪費すれば、取り返しのつかないことになる。日本には国民皆保険制度や優れた教育システムがある。今なら、日本なりのやり方で何とか対応策を講ずることができるかもしれないのだ。
写真:94年6月末までの国内の感染者/患者数の推計(厚生省資料、凝固因子製剤による感染者/患者は除く)。グラフから明らかな増加傾向が読みとれる(特に女性)。少ないからといって油断は禁物。
10.今後に向けて - What We Can Do『AIDSボランティア』に焦点を当て、社会貢献という観点から『我々に何ができるのか』が今回の訪米のテーマだった。そして、意外にも『できることから始める』というのがその答えだったように思う。これは個人はもとより、あらゆるスケールの組織活動に当てはめることができる。
訪米の結果として我々がいま強く必要性を感じていることを以下に列記し、同時にその重要性を広く訴えたい。
写真:『ぼくを抱きしめて』と両手を広げる子供(Harlem Hospital Center, New York)。
A.マクロ的対応に関して - Public Issues in Japan◇早急に感染の実態を把握し、今後の動向を予測すること。
◇多方面におよぶ包括的な対応と社会的認知を喚起すること。
◇医療機関(医療体制・ネットワーク)、医師・医療従事者(十分な研修・教育)への緊急の対策。
◇感染者/患者の視点を重視し、今後の医療を展望すること。【感染者/患者に必要な医療・社会環境を総合的に整えていくという方向の発想が望まれる。カウンセリング導入に関する積極的な働きかけも必要。】
◇明らかに感染爆発を起こしつつあるアジアに対する対応。
B.労働組合として - Labor Unions
◇自らの構成員の保護が第一義的役割。
◇労働組合としての組織的対応と行政への働きかけ。【労働組合はAIDS対策の大きな枠組みの一つとなるべき組織体。特に医療や医薬に関わる労働組合では一層の取り組みが必要だ。】
◇ナショナルセンターとしての連合の役割。
C.我々の労働組合として - Our Union's Plan of Action
◇AIDSキャンペーン(予防、情報、職場の問題)の実施。
◇ボランティアに対する意識醸成(コミュニティの観点から)。
◇今回の訪米で得た成果を広く活用すること。
◇《A》《B》の各項目に対する支援、広報活動。
◇医療のあり方について改めて考える必要がある。医療・健康保険のシステムや財政の理屈が先行して、我々の目もそれに向けられている。しかし、まず議論されるべきは、我々が受ける医療の質であり、例えば一人のHIV感染者/AIDS患者として我々がどのような医療を望むかではないだろうか。
D.一人一人の問題として - Individuals
◇第一にAIDSが現実の問題であることを認識してほしい。そしてAIDSが投げかける様々の問題を、感染者/患者の視点を借り、一人一人の問題として考え、そして行動してほしい。
写真:笑顔で見送ってくれたAIDSホスピスのシスター。ホスピスは住宅地の中にあるごく普通の家だ。最後のひとときをできるだけ普通に快適に生活できるよう多くのボランティアが出入りする(Calcutta House, Philadelphia)。
11.We Visited:ボランティア関連施設・組織
■ St. Luke's-Roosevelt Hospital Center (New York)・Friendly Visitor Program
■ People's Emergency Center (PEC)(Shelter for Homeless Women)(Philadelphia)
■ Calcutta House (Hospice for People with AIDS)(Philadelphia)
■ Metropolitan AIDS Neighborhood Nutrition Alliance (MSNNS)(Free Meal Service for Neighbors Living with HIV/AIDS)(Philadelphia)
■ We the People Living with HIV/AIDS (Community Center Run by People Living wiht HIV/AIDS for People Infected with and Affected by HIV/AIDS)(Philadelphia)
■ Philadelphia Health Management Corporation (PHMC)(Non-profit Public Health Organization)(Philadelphia)
■ ActionAIDS (Volunteer-Based, Not-for-Profit Organization)(Philadelphia)
■ AIDS Information Network (AIDS Libraries)(Philadelphia)
医療機関
■ St. Luke's-Roosevelt Hospital Center (New York)・AIDS Unit
■ Harlem Hospital Center (New York)・Pediatric AIDS Unit, Perrots from Big Apple Circus
■ Beth Israel Medical Center (New York)・AIDS Unit
■ The Graduate Hospital (Philadelphia)・AIDS Unit, Pentamidine Chambers
■ NIH Clinical Center, National Institute of Health (NIH)(Bethesda)・Social Work Department
■ Witman・Walker Clinic Inc. (Washington, D.C.)・Elizabeth Taylor Medical Center
研究機関
■ St. Luke's-Roosevelt Hospital Center (New York)・Inada-Lange Foundation for AIDS Research
■ National Cancer Institute (NCI), National Institute of Health (NIH)(Bethesda)
・DR. Tsuyoshi Kakefuda, Laboratory of Melecular Carcinogenesis
・Dr. Hiroaki Mitsuya, Experimental Retrovirology Section
■ National Institute of Health (NIH)(Bethesda)
<Q&A Session with Delegates from>
・Office of AIDS Research
・National Institute on Drug Abuse (NIDA)
・National Institute of Mental Health (NIMH)
・National Institute of Allergy and Infection Disease (NIAID)
・Fogarty International Center
政府機関
■ Office of AIDS and Special Health Issues, Food and Drug Administration (FDA)(Rockville)
■ Office of National AIDS Policy, Executive Office of the President (Washington, D.C.)
労働組合
■ Service Employee International Union (Washington, D.C.)
■ Laborers' International Union of North America (Washington, D.C.)
<Q&A Session with Delegates from>
・AIDS Project, American Federation of Labor and Congress of Industrial Organizations (AFL-CIO)
・American Federation State County Municipal Employee (AFSCME)
・Social Security Administration
・Office of HIV/AIDS Education, American Red Cross
その他
■ Caremark Inc. (Health Care Company)(New York)
謝辞 - Acknwledgements
今回の訪米の企画にあたって、国立国際医療センター・エイズ医療情報室の桜井賢樹博士、IARC/WHOの山崎洋博士、NCI/NIHの掛札堅博士、ICEFの鈴木且巳氏・宮崎典子さん、LIUNAのマイケル・ボッグズ氏はじめ多くの方々のご支援をいただいた。AIDSコーディネータの林素子さんには、ニューヨーク、フィラデルフィアにおける訪問先のコーディネーションをお願いし、また現地での我々の行動を終始サポートしていただいた。ここに謹んで感謝申し上げます。
また、アメリカの約20施設で約50人(写真)の方々が我々の訪問をあたたかく受け入れ、貴重な情報と現実的なアドバイスを惜しみなく与えて下さった。心から感謝申し上げます。
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