1995年6月12日月曜日

Buddy in New York - 笑顔が見たい

◇1:1のAIDSボランティア ❒ 笑顔が見たい

◇はじめに
◇1:1のAIDSボランティア
 ❒ バディってなに?
 ❒ 社会の枠組みの隙間
 ❒ 笑顔が見たい
 ❒ 想像力の問題
 ❒ ギブ・アンド・テイク
 ❒ 助けられられる?
 ❒ プライオリティ
 ❒ Do you like to have some help?
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship)
 ❒ あなたのそばには?
 ❒ 関係を断たれないこと
 ❒ お互いに気にかけている人
 ❒ ささえてくれるひとのために
◇おわりに(追記)
バディをやろうっていう一番最初の動機というか、それに類似したことを何かやってこられてた?、それとも急に....?

みどり:考えてみれば、ずっとつながりはあったと思うんです....。例えば、小学校のころは看護婦になりたかったんですけど、絶対人に注射はできないと思ったから諦めたとか。医者も同じ理由で諦めたとか、そういう経緯はあって....。で、心理学を専攻したのも、きっと何かあったんでしょうね。
 エイズのことって私も本当に知らなかったんです。日本にいたとき、ちょうど騒がれ始めたころですけれども、なんでこんなことで騒ぐんだろう?、ただの病気の一つに過ぎないんじゃないか?と思ったくらいで、あんまり差別とかと深く結び付けて考えてなかったんですよね。みんなが面白おかしく、また何か騒いでるなって思ったくらいで....。
 こういったエイズの活動に関わるようになったキッカケは、ニューヨークに来て2年目くらいのときですか、「職場とエイズ」というテーマで取材してくれって頼まれて、それで行ったのが HBO(※1)だったんです。HBO とかワシントンのエイズ・リーダーシップ協議会ですか、それから赤十字、ちょうどビデオを出したところで、その発表会だとか、そういうの取材して、初めて「あ、これって社会問題なんだ」っていうことに気がついたんです。
 HBO で、初めて患者さんにインタビューするかって言われて....。きっとインタビューなんかも応じてくれないだろうと思ってたし、無理してやる必要もないと思ってたんで、申し込みもしなかったんです。でも、向こうから「話聞くか?」って言うから、「じゃあ」って聞いたらば、会社では何も問題ないって、よくそういう話はあるけれど、HBOは環境をうまく作ってくれて、例えば病院に入院すればみんながお見舞いにごはん持ってきてくれるとか....。
 これも話すと長くなっちゃうんですけど、私は日本の国を出たり入ったりしてたんですよ。最初こちらで生まれて、日本に帰って、今から考えるとそれなりに葛藤があって。小学校6年のときから中2までドイツにいて、帰ってきたところでまたいろいろ葛藤があって。今度は、社会に出てから女性として、普通の一個の人間として生きていけると思ってたのに、すごい大きな壁にぶち当たっちゃって、かなり精神的にまいったりなんかした時期があったもんで....。もともと、差別とか敏感に反応する方だったのかもしれませんね。
 その後、こちらの大学院に入って、「マスメディアとマイノリティ/ステレオタイプ」というテーマをやってましたから、おそらくそういうところからも社会問題としてのエイズというものに自然と興味を持つようになったんでしょうね。
 ※1 Home Box Office。会社ぐるみで HIV 感染者/AIDS 患者をサポートしているニューヨークのケーブル・テレビ局。

結果的にバディのボランティアをやる直接のキッカケというのは?

みどり: ACT UP(※1)ってありますよね、あそこのミーティングに行くようになって。エイズのこと、ちょっと知りたいと思ったもんで....。ただ、ACT UP の中ではあんまり馴染めなかったんです。やり方の違いだと思うんですけど、あんまり大声出してっていうのが性に合わなかったのと、あそこは、やっぱり白人ゲイ男性のグループなんですよね。その中で、私はマイノリティの中のマイノリティもいいとこだったんです。まず、ゲイじゃない、いわゆるストレート(※2)。しかも、アジア系。レズビアンの人たちもいましたけれども、女性は少ない。何人か友人はできたんですけど、結局は入って行けませんでした。
 そうこうしているうちに、誰かに APICHA ってグループ知ってるか?って聞かれて、コンタクト取ったのが最初なんです。それが2年くらい前ですか。2年半くらいになるかな。
 で、何回かボランティアのトレーニング受けて、徐々に、どこかでお祭があるときに一緒にブロウシャ(※3)配ったりだとか、ブロウシャ折るの手伝ったりとか、そういうところから始めて、バディのプログラムを確立するからトレーニングに出ないかって言われて、トレーニングに出て、で、やってみるか?って言われて....。
 最初ちょっと迷ったんです、実は。仕事の関係上あまり時間が取れないかな、取れないとあまりにも無責任かなと思って。でも、取りあえずやってみよう、ダメだったらダメでそのとき考えればいいやと思って、やってみたのがバディを始めた直接のキッカケですね。
 ※1 AIDS Coalition To Unleash Power。最もラジカルなエイズ活動家グループの一つ。
 ※2 異性愛。ゲイは同性愛(レズビアンを含む)。バイセクシャルは両性愛。
 ※3 教育や啓蒙に使うパンフレット。1枚の紙を折りたたんで細長い形にしたものが一般的。

なるほど。

みどり:で、なんでバディをやるのかなあ?、なんとなく APICHA から言われてってところはもちろんあるんですけれども、断ることだってできたわけですよね。なんでそれを受け入れたのかなと思って考えると....。
 基本的には「相手の笑顔が見たい」かな。見たいなあ。
 わりとまわりを気にする人間なんですよ、私。だから、相手が落ち込んでると自分も落ち込んじゃうし、相手が嬉しいと自分もわけもなく嬉しくなっちゃう。相手がニコッとしてくれる、電話したときに声がはずむっていうのがとっても嬉しいんです。
 単純なんですよ<笑い>。

最近の日本の風潮だと、そういう自然な興味から入っていくというよりも、ボランティアをするがために何かしたいっていう感じが強く出てますね。

みどり:いま確かに、みなさん何か求めてるんだと思うんです。毎日毎日、いわゆる日本全体が企業社会みたいになっちゃって、時間に追われて、会社のために生きてるみたいな中で、フッと振り返って、自分の人生って一体何なんだろう?、何のために生きてるんだろう?と思ったときに、人間ってやっぱり、お互いに頼って生きていたい動物ですよね。虚しくなって、何かできないかなって....。ちょうどそのころに阪神大震災があって、で、「何かできるかもしれない」って。
 だから、時期的には非常にいい時期なのかもしれない。もう一度見直して....。

なんとか、そうしないと....。エイズのこともあり、阪神大震災も大きな犠牲をともなってますからね。
 しかし、我々の目から見ると、松本さんのお話にはすごく「自然な流れ」があるじゃないですか。そういう流れの中でボランティアができていくっていうのは日本では難しいと思うんですよね、おそらく。

みどり:一番気をつけなきゃいけないのは、押し付けボランティアになってしまう可能性でしょうね。
 例えばエイズの話に限るならば、それがクライアントさがしにつながっちゃう。
 クライアントを持ってるのが、なんか自分の優越感になってしまう、っていうこともあり得ないことではないでしょうね。

先日、あるドクターを訪ねて、我々もこういう活動を始めてるから、何かお手伝いできることないでしょうかって話してたら、やっぱりいま言ってた患者さんさがしでもないですけど、その地域にいくつかある団体がそれぞれのポリシーで患者さんを祭り上げちゃってて、今からとても入れる余地がない。彼らは離さないって言われました。結局、患者さんもボランティアも疲れ果てちゃって、お互いに気をつかって....。
 日本はまだ患者さんも少ないですから、エイズのボランティアやっても直接報われないわけでしょ? そうすると患者さんとコンタクトしているところは、そこでクローズしちゃって、「誰にも教えない」みたいな感じで....。

みどり:ボランティアの中で優劣ができちゃうとよくないですよね。このボランティアの方が「格が上」みたいな....。
 全部同じなんですよね。例えば、こういったブロウシャを折るのだってすごく大事なことなんです。誰かがやらなきゃいけない。それは決して、例えばバディ・プログラムより劣るものでは絶対にないんです。コンドームを包むにしたって(※1)、誰かがやらなきゃならない。
 それぞれ向き不向きがあると思うんですよ。その向き不向きを自分の中でよく吟味しないと、きっとどこかで無理が出てきちゃいますし....。
 ※1 人の集まる街頭などでブロウシャやコンドームを配るストリート・アウトリーチは、HIV/AIDS 支援団体の啓蒙活動として最も一般的なもの。APICHA では、和紙や中国製の紙でコンドームを包んで特色を出そうとしている。

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