◇1:1のAIDSボランティア ❒ Do you like to have some help?
◇目の不自由な方に、肘を貸してあげる。あれなんかも、誰もやったことないから、なかなか声かけられないけど、今度一遍やろうって言ってるんですよ。車椅子乗ってみるとかね、あるいはここ(肘)を持ったときとここ(手)を持ったときに、どんなにそれが違うかっていうね。ここ(肘)はからだと一緒に動くでしょう、松本さんはご存じだと思いますけど。全然不安感が違うっていうんですよね。
そういうの一遍やっとけば勇気もでるかなっていう気がするんです。
そういうの積み重ねれば多少はね....。
◆みどり:階段で荷物持ってあげるとか結構やってはいたんですよね。すごいドキドキドキドキしながら....。どうしようかな。でも重そうだよなあとか思いながら。で、まわりに人がいないときだけとか....<笑い>。人がいるとちょっと恥ずかしいなって。
でも、やっぱり重いよね。自分があれだけ荷物抱えてたら重くて、もう階段しんどいだろうなあと思って。
電車の中で椅子を譲るのだってそうですよね。辛いだろうなあって思って、ちょっとだけ勇気をね。一瞬恥ずかしいですよね、まわりが。何こいつ偉ぶってるんだみたいなね。でも、そんなのは思わしときゃいいやって....。
こっちでも、例えば目の見えない人がいたときには、聞きますね。お手伝いしましょうか、「Do you like to have some help?」って。もちろん、いらないっていう人もいるし、ありがとうっていう人もいるし....。
いま素直に言えるのは、そんな変な見栄も何もなくなったから、まわりをあんまり気にしないでも済むようになったからですね。
◇その辺、やっぱり分からないんだけど、多分同情ともちょっと違う、思いやりともちょっと違う、それ見たときに、多分重いの大変だろうなあっていう....。
思いやりっていうとちょっと文学的過ぎてね、多分さっきの話にもあったけど、自分に置き換えてみるんだと思うんですよね。それができるかできないかってことだと思うんです。
◆みどり:一度ジョニーがかわいそうだったのは、友だちの家に行った帰り、ラッシュ・アワーにぶつかっちゃったんですよ。電車の中混んでて、やっぱり目が見えない中でつかまって立ってるのって不安だし、わりと長いんですよ。本当に誰も譲ってくれなかったですね。
◇あたたかいそういう社会の方がいいはずなんですよね。自分にしたって、いつか年取って、誰もかわってくれない社会よりもね、かわってくれる方が嬉しいですもんね。
なんで恥ずかしいんだろうなあ? 分からないなあ?
◆みどり:結構、日本って、偉ぶってとか、なんかそういうのないですか?
◇笹川良一あたりが一日一膳って言ってからおかしくなった....?
◆みどり:<笑い>
◇基本的に日本人はスタンド・プレイって嫌うところありますから....。
◆みどり:他人がどう思おうとってところ、大事ですよね。
もちろん人の迷惑になることはやっちゃいけないんですけど....。
◇他人がどう思うかってのは大半の人はかなり意識してますよね。
◆みどり:それ、すっごい足かせになってると思います。
◇ニューヨークの地下鉄でなかなか席を譲ってくれない。かたやボランティアのそういう活動が発展してますよね。上と下に分けるのはよくないのかも....。
◆みどり:いや、ニューヨークっていうのは、本当に捨てる神あれば拾う神ありじゃないですけれども....極端ですね。
◇というか、日本は真ん中に偏ってるのかもしれないですね。
◆みどり:かもしれないですね。
どっちがいいのかっていうとよく分からないんですけど....。
◇いいことする人も少ないけど、そんなに悪いやつもいない。
さっき家族の話でね、日本なんかそれはいいんじゃないのって話もありましたけど、多分日本って真ん中ちょい下?くらいなんで、これを真ん中ちょい上くらいに持っていくとちょうどいいのかもしれないですね。
全員がね、聖人みたいになることもないんだし、まあ普通なんだけどちょっと気持ちいいね、くらいがちょうどいいかなあ?
◆みどり:私、こっちに来て、ウェスト・バージニアで暮らすまでは、ずっと都会で育ってきましたから、あんまり素朴な楽しみ方って知らなかったんですよね。楽しみって、例えばコンサートに行ったりとか、コンパに行ったりとか、なんかそういうことなのかなあとか思ってたんですけど、例えばウェスト・バージニアの先生方の生活なんか見てても、もちろんすごく働くんですよ、例えば20枚くらいのレポートをタイプアップしたの出しても、ものすごい赤が入って返ってくるんですよ。きちっと読んでますし、そういうことはするんですけれども、時間の切り換え、使い方が上手くて、家に帰ると読書を楽しむとか、家族との団らんを楽しむとか、庭のこと楽しむとか、すごく楽しみ方が素朴なんです。で、ああ、これが人間の生活なのかなって思ったんです。走り始めたのもそういうとこですし、そうすると自然を十分満喫できますよね。毎日毎日違うものが見える。それがすごく活力になった。いろんなとこの余計なものを取り払っちゃった....。
価値観変わりましたね、やっぱり。
◇多分ね、そのウェスト・バージニアのことでもそうだし、例えば50年前でも100年前でもいいんですけど、日本でもアメリカでも、どこでもいいんですけど、全部揃ってたんですよね、きっと。
◆みどり:そうそう。
だから、変な話、返って一端人間社会って、石器時代じゃないですけど、そこまで戻っちゃってもいいんじゃないかっていう....極端な話。
◇何が加わってるんだろうなって思うときありますよね。時代が変わって、これだけいろんなものが生産できるようになって、それでどうしたんだろうって思っちゃうんです。
◆みどり:返って、すごい単純なそういう生活って、ヤー、いいんじゃないかなあとかフッと考えちゃうときありますよね。
◇だから、近所の悪い坊主いたときにさ、昔ならボコーンとか近所のおっさんに頭殴られたりして。今それできないでしょ? 近所の子殴らないでしょ?
◆みどり:殴らない。問題ですよ。
◇でも、おこってくれてもいいわけでしょ? 子ども、なんか悪いことしてたら、それこそ道で....。どうしちゃったんだろうなあ?
◆みどり:うんうん。
それ、自分と切り離して考えてるからでしょうね。
◇自分自身に直接キノコが....。キノコが、あ、ヒノコが降りかからない限りは動かない。
◆みどり:<爆笑>
◇今のはおもしろかったね....。
でも、なんかその辺って必要だなあと思うね。
◆みどり:例えば子どもなら子どもで、子どもは社会全体のものっていう....。
◇町内の子どもが悪いことしたらオレがみんなやっつてけてやる、みたいなおじさんがいたんだよ、昔は....。
◆みどり:ドイツでもそうでしたよ。電車で子どもが座ってると、知らないおばさんが乗って来ますよね。で、子どもは立ちなさいって。全然見知らぬ他人がですよ。で、自分が座るんですよ。
子どもはいいんです、立ってて。そうやって社会が教育していく....。
その方がずっと効率的なはずなんですよね。
ドイツもだいぶ変わっちゃったから、今は分からないですけどね。
私なんか絶対座らせてもらえませんでしたよ。フエーとか言いながら立ってた。
◇今の日本では逆ですね。ひどいのは子どもに席取らせるんですよ。
それは論外ですよ。でも、その子なんか普段から訓練されてるからうまいうまい。
◆みどり:<爆笑>
でも、そういう子どもたちが結構世の中サバイブしていくんでしょうねえ....。
◇すごい! 5時半になっちゃった。
長時間にわたり....。
今日はどうしますか? 特にご用はない?
◆みどり:ええ。
◇それじゃあ、食事でも行きましょうか?
◆みどり:そうですね!
◇今日は本当にありがとうございました。
1995年6月12日月曜日
Buddy in New York - あなたのそばには?
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ あなたのそばには?
◆F:バディとか松本さんのことはどう思う?
◆Johnny:1年になるけど、僕のバディは大好きだよ。
◆みどり 1年以上よ。1年半かな?
◆Johnny:そうだね。
最初のころは、彼女にどうしてほしいのか自分でもよく分からなかったんだ。それまで僕は、シャイで無口で、ざっくばらんに話ができるような人間じゃなかったから、彼女と親しくなって、信頼できるようになるまでには時間が必要だったんだ。でも、結局彼女を受け容れることができたよ。
彼女はほとんど毎日のように電話をくれて、ドクターがどう言ったとかいろんな話をして....。
◆みどり:彼らには正直に言っていいのよ。
私のどういうところが嫌いかとか....。
◆Johnny:そんなこと思ってないよ。
彼女には何でも話すことができるし、とても気楽なんだ。
◆F:そりゃいいね。
◆Johnny:自分の家族よりも気楽なことだってあるよ。
◆Jasmine:ねえ、私もここにいるのよ。
◆みどり:もうジャズミンたら....。
◆Johnny:怒るなよ。もちろんジャズミンは別さ。赤ん坊のときからずっと知ってるんだから。
◆F:お父さんもお母さんも松本さんとは随分親しいみたいだけど....。
まるで本当の家族みたいだね。
◆Johnny:特に母さんはみどりのことをとても愛してるよ。
◆みどり:バディを持ちたいって言ったとき、最初 APICHA はどんな質問をした? どんなふうにアプローチした? バディはどういうものだって説明した?
◆Johnny:バディは一緒にいて話をしたり、家まで来てくれたり、街へ出て一緒に買い物をしたりしてくれる人。何かしてもらいたいことがあったらちょっと手伝ってくれたり、時にはカードで遊んだりとか....。
彼女に慣れるまでに少し時間がかかったけど、今では、バディは友情以上のものだとさえ考えるようになったよ。
◆K:とても難しい質問なんだけど、みどりさんに、「どうしてバディを始めたの?」、「どうして誰かを助け始めようとしたの?」って聞いたんです。どうして彼女が始めたのか分からなかったんですよ。だって、日本では、人を助けることに慣れてないし、そういう土壌もないんで、そんな質問をしたんです。
ジョニーはどう思う? どうしてみどりさんは誰かを助けようとするのかな?、あるいはどうしてジョニーとバディになったのかな....?
◆Johnny:誰かを助けたいと思うことはとてもりっぱな考えだと思うよ。若いころは、僕だっていつも誰かのささえになりたいと思ってたさ。
◆K:日本では、人を助けることに慣れてないから、多分助けられることにも慣れてないんじゃないかと思ってるんです。日本の平均寿命はどんどん上がっていくから、近い将来、それは大きな問題になる。
◆Johnny:バディはいいアイデアだと思うよ。
日本の状況がどれくらいかはよく分からないけど、誰かがとても孤独だったり、誰かと話したいと思ったときに、信頼できる、何でも話せる、助けがほしいときにそばにいてくれるバディがいることは素敵なことだよ。
僕がどんな助けを必要としているときでも、僕のそばにはみどりがいてくれる。
◆みどり:家族よりも話しやすいときがあるって言ってたけど、どうして?
◆Johnny:僕が感じていることを話したくないと思うときがあるんだ。多分彼らには理解できないだろうし....。
でも、それはつまらない感情だよね。もちろん、必要なときには家族がいてくれることは知ってるんだ。何か必要なときにはいつも姉さんに電話するし....。
◆みどり:状況によっては、家族でない人の方が遠慮なく話せるってこと?
◆Johnny:そうそう。
日本でもバディか何かになろうとか考えてるの?
◆K:もちろん日本でバディになることもできるけど、多分私のデューティーは、お互いに助け合うことの大切さに気づいてもらうことだと思うんだ。私にとっては、その方がより重要な仕事だと思うんだよ。
でも、それを説明するのはとっても難しいことなんだ。
◆みどり:日本人は、家族じゃない人に助けを求めて何かを頼むのは恥ずかしいみたい。アジア人全般に同じような傾向があるんじゃない?
私たちは、家族の中でなんとか問題を解決しようと努力するけど、時にはそれが家族の負担やストレスになってしまう。
◆K:バディをすることで、みどりさんは何か得ていると思う?
◆Johnny:そう思うよ。きっとそうすると思うよ。
彼女はいつも電話でコンタクトを取ったりして、僕にケアの気持ちを示してくれる。月に1回とかじゃなくて、毎日電話してくれるんだ。
僕も毎日電話で話すし、医者に行ったら電話してどうだったか話すんだ。彼女はとても頼りになる人で、いろんな情報をくれるし、いつもありがたい情報ばかりなんだ。それから、手紙を読んでくれたり、小切手を書くのを手伝ってくれたり、散歩に連れ出してくれたり、とても助かるよ。
散歩、大好きなんだ。僕はずっと家にいて、何もせずにテレビを聴き(※1)、音楽を聴き、電話でじゃべって。とても退屈さ。だから来週の火曜日からAPICHAでボランティアを始めようと思ってるんだ。コンドームを包んだり、パンフを印刷したり、人々を教育したり。火曜日から始められると思うとワクワクするよ。
※1 ジョニーは目が不自由。
◆F:バディとか松本さんのことはどう思う?
◆Johnny:1年になるけど、僕のバディは大好きだよ。
◆みどり 1年以上よ。1年半かな?
◆Johnny:そうだね。
最初のころは、彼女にどうしてほしいのか自分でもよく分からなかったんだ。それまで僕は、シャイで無口で、ざっくばらんに話ができるような人間じゃなかったから、彼女と親しくなって、信頼できるようになるまでには時間が必要だったんだ。でも、結局彼女を受け容れることができたよ。
彼女はほとんど毎日のように電話をくれて、ドクターがどう言ったとかいろんな話をして....。
◆みどり:彼らには正直に言っていいのよ。
私のどういうところが嫌いかとか....。
◆Johnny:そんなこと思ってないよ。
彼女には何でも話すことができるし、とても気楽なんだ。
◆F:そりゃいいね。
◆Johnny:自分の家族よりも気楽なことだってあるよ。
◆Jasmine:ねえ、私もここにいるのよ。
◆みどり:もうジャズミンたら....。
◆Johnny:怒るなよ。もちろんジャズミンは別さ。赤ん坊のときからずっと知ってるんだから。
◆F:お父さんもお母さんも松本さんとは随分親しいみたいだけど....。
まるで本当の家族みたいだね。
◆Johnny:特に母さんはみどりのことをとても愛してるよ。
◆みどり:バディを持ちたいって言ったとき、最初 APICHA はどんな質問をした? どんなふうにアプローチした? バディはどういうものだって説明した?
◆Johnny:バディは一緒にいて話をしたり、家まで来てくれたり、街へ出て一緒に買い物をしたりしてくれる人。何かしてもらいたいことがあったらちょっと手伝ってくれたり、時にはカードで遊んだりとか....。
彼女に慣れるまでに少し時間がかかったけど、今では、バディは友情以上のものだとさえ考えるようになったよ。
◆K:とても難しい質問なんだけど、みどりさんに、「どうしてバディを始めたの?」、「どうして誰かを助け始めようとしたの?」って聞いたんです。どうして彼女が始めたのか分からなかったんですよ。だって、日本では、人を助けることに慣れてないし、そういう土壌もないんで、そんな質問をしたんです。
ジョニーはどう思う? どうしてみどりさんは誰かを助けようとするのかな?、あるいはどうしてジョニーとバディになったのかな....?
◆Johnny:誰かを助けたいと思うことはとてもりっぱな考えだと思うよ。若いころは、僕だっていつも誰かのささえになりたいと思ってたさ。
◆K:日本では、人を助けることに慣れてないから、多分助けられることにも慣れてないんじゃないかと思ってるんです。日本の平均寿命はどんどん上がっていくから、近い将来、それは大きな問題になる。
◆Johnny:バディはいいアイデアだと思うよ。
日本の状況がどれくらいかはよく分からないけど、誰かがとても孤独だったり、誰かと話したいと思ったときに、信頼できる、何でも話せる、助けがほしいときにそばにいてくれるバディがいることは素敵なことだよ。
僕がどんな助けを必要としているときでも、僕のそばにはみどりがいてくれる。
◆みどり:家族よりも話しやすいときがあるって言ってたけど、どうして?
◆Johnny:僕が感じていることを話したくないと思うときがあるんだ。多分彼らには理解できないだろうし....。
でも、それはつまらない感情だよね。もちろん、必要なときには家族がいてくれることは知ってるんだ。何か必要なときにはいつも姉さんに電話するし....。
◆みどり:状況によっては、家族でない人の方が遠慮なく話せるってこと?
◆Johnny:そうそう。
日本でもバディか何かになろうとか考えてるの?
◆K:もちろん日本でバディになることもできるけど、多分私のデューティーは、お互いに助け合うことの大切さに気づいてもらうことだと思うんだ。私にとっては、その方がより重要な仕事だと思うんだよ。
でも、それを説明するのはとっても難しいことなんだ。
◆みどり:日本人は、家族じゃない人に助けを求めて何かを頼むのは恥ずかしいみたい。アジア人全般に同じような傾向があるんじゃない?
私たちは、家族の中でなんとか問題を解決しようと努力するけど、時にはそれが家族の負担やストレスになってしまう。
◆K:バディをすることで、みどりさんは何か得ていると思う?
◆Johnny:そう思うよ。きっとそうすると思うよ。
彼女はいつも電話でコンタクトを取ったりして、僕にケアの気持ちを示してくれる。月に1回とかじゃなくて、毎日電話してくれるんだ。
僕も毎日電話で話すし、医者に行ったら電話してどうだったか話すんだ。彼女はとても頼りになる人で、いろんな情報をくれるし、いつもありがたい情報ばかりなんだ。それから、手紙を読んでくれたり、小切手を書くのを手伝ってくれたり、散歩に連れ出してくれたり、とても助かるよ。
散歩、大好きなんだ。僕はずっと家にいて、何もせずにテレビを聴き(※1)、音楽を聴き、電話でじゃべって。とても退屈さ。だから来週の火曜日からAPICHAでボランティアを始めようと思ってるんだ。コンドームを包んだり、パンフを印刷したり、人々を教育したり。火曜日から始められると思うとワクワクするよ。
※1 ジョニーは目が不自由。
Buddy in New York - 関係を断たれないこと
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ 関係を断たれないこと
◆F:みどりさんに会う前は、どういうサポートを受けてたの?
◆Johnny:大したサポートは受けてなかった。基本的には姉さんと家族。友だちにもほとんど話してないんだ。
仲のいい友だちが一人いて、他に職場の友だち二人には話したんだけど....。彼らは理解してくれたよ。親友のニックは頼りになるし、信頼できるけど、それ以外はただの友だちだよ。
◆K:今どういうコミュニティに属していると思う? 合衆国とか、アジア人とか....。
◆Johnny:地域的な意味で?
◆みどり:心の問題として。言い換えれば....。
◆Johnny:アジアかな?
父さんも義理の母さんも中国人だし....。でも、両親は英語が話せないし、僕は中国語が話せないんだ。
◆みどり:私は日本人で、中国語は話せないし、中国人でもない....それでも私といて心がやすまる?
◆Johnny:もちろんさ。
君は「日本人」じゃなくて僕の友だちなんだ。もちろん、日本人だということは知ってるけどね。
◆みどり:他のアメリカ人の友だちとはどこか違う?
◆Johnny:ああ。みどりは実際初めてのアジア人の友だちなんだ。
◆みどり:じゃ、ニックとはどこが違うの?
彼もアジア人じゃないの?
◆Johnny:彼は高校時代からの知り合いだし....彼は女性じゃない<笑い>。
◆みどり:それは大きな違いね。
トイレに行くときが大変なのよ。ニックなら大丈夫だけど....。
◆Johnny:どんなことでも、話したくなったときに、君に電話できて、安らぎを感じることができると分かっていることはいいことだね。
◆みどり:ジョニーも私もアジア人だから、いろんな点でよく分かるところがあると思うの。
例えば、直接ドクターとかに質問するのが恥ずかしかったり....。私も同じなんだけど、ジョニーのためだったら自分をプッシュして質問することができる。不思議なのよね、自分の....。
◆Johnny:自分のことになるとできない、だろ?
もう一つ大切なことは、支援してくれる、支持してくれる友だちがいること。そして、この HIV/AIDS という病気のためにその関係を断たれないこと。それは、僕にとってとても重要なことなんだ。
◆K:日本人は、大抵のことはお金で解決できると思ってるから、お金が一番大切だと思ってる人が多いんです。僕はそうは思わないけど....。多分、こういうお互いに助け合って生きている状況そのものがとても大切なんだと思うな....。
ううん、難しくて質問ができないよ。
◆みどり:<笑い>
彼は、何質問しようかと一所懸命考えてるところよ。
◆K:あんまりベーシックな質問ばかりで....。
◆みどり:随分哲学的な質問ばかりするから、私、よく分からなくて。
◆Johnny:僕に答えられるといいけどね....。
◆K:日本で質問リストは用意してきたんだけど、ほとんど役に立たないよ。
◆Johnny:どうして?
◆K:日本で考えていたときとはまるで様子が違うから....。
◆みどり:ジャズミン、あなたはずっとジョニーのそばにいて、私と彼が友だちになってから、何か変化があったと思う?
◆Jasmine:彼に?
◆みどり:そう。
◆Jasmine:そうね、以前だったら自分の中に閉じ込もって知らない振りをしていたようなことをいろいろ話すようになったと思うわ。最近は随分オープンになったと思う。随分変わったと思うわ。
◆Johnny:気の許せる人には随分オープンになったよ。気の許せない人にはまだシャイで無口だけどね。
気楽にならなきゃいけないんだけど、居心地が悪いとなかなかオープンになれないんだ。
◆みどり:ヘレンは好きでしょ?
◆Johnny:ああ、とてもいい人だよ。
時計のことで恥ずかしかったんだけど(※1)、彼女がどんどん話しかけてくるもんだから、それで親しくなって....。
※1 ジョニーは目が不自由なため、時刻を音声で知らせる腕時計をプレゼントされた。静かなミーティングの最中、突然コケコッコーという目覚ましが鳴り始めたが、ジョニーはもらったばかりで止め方が分からず、大慌て。
◆みどり:彼女は正直だし、オープンだと思わない?
彼女は....。
◆K:昨日 APICHA で会った年配のボランティアの中国人女性のことでしょ?
◆Johnny:ちょっと知り合いになりたかっただけなんだけどなあ。
◆みどり:彼女はあなたに話させるものね。
私、もっと話させたいわ。
◆Johnny:彼女とは随分話したよ!
◆みどり:本当よく話したわよね。
最後になんて言ってたか憶えてる?
「随分話せて楽しかったわ」だって<笑い>。
◆Johnny:ヘレンはとてもいい人だよ。僕の電話番号教えて、彼女も教えてくれて、話したくなったらいつでも電話しなさいって。
彼女と話してるととても楽しいよ。
気にかけてくれる人たち、必要なものを整えてくれる人たちがいてくれて本当にうれしいと思うよ。いつも気にかけてくれたり、助けになってくれる人たちが大勢いてくれるから本当に心強い....。
少しずつだけど、彼らが僕の心を和らげてくれていることが分かってきたんだ。
◆みどり:ジョニーのサポート・グループの年配の人たちはとても素敵で、私たちが部屋に入っていくとすぐに立ち上がって握手して、昨日なんかジョニーのまわりに一度に4つも5つも手があって....。
◆Johnny:そうだったね。
◆みどり:みんなあなたを助けようとしてるのよ。私はもう必要ないんじゃないかと思ったわ。
私たち(APICHA)は、いまフレンドシップの輪を広げようとしてるんです。
◆K:難しいな。簡単っていえば簡単なんだけど。
◆みどり:Kさんは、友だちでいるとか、あなたのために側にいるとか、とてもシンプルに聞こえるけど、すごく難しいって言ってるのよ。
◆Johnny:ああ、簡単じゃないさ。
◆F:みどりさんに会う前は、どういうサポートを受けてたの?
◆Johnny:大したサポートは受けてなかった。基本的には姉さんと家族。友だちにもほとんど話してないんだ。
仲のいい友だちが一人いて、他に職場の友だち二人には話したんだけど....。彼らは理解してくれたよ。親友のニックは頼りになるし、信頼できるけど、それ以外はただの友だちだよ。
◆K:今どういうコミュニティに属していると思う? 合衆国とか、アジア人とか....。
◆Johnny:地域的な意味で?
◆みどり:心の問題として。言い換えれば....。
◆Johnny:アジアかな?
父さんも義理の母さんも中国人だし....。でも、両親は英語が話せないし、僕は中国語が話せないんだ。
◆みどり:私は日本人で、中国語は話せないし、中国人でもない....それでも私といて心がやすまる?
◆Johnny:もちろんさ。
君は「日本人」じゃなくて僕の友だちなんだ。もちろん、日本人だということは知ってるけどね。
◆みどり:他のアメリカ人の友だちとはどこか違う?
◆Johnny:ああ。みどりは実際初めてのアジア人の友だちなんだ。
◆みどり:じゃ、ニックとはどこが違うの?
彼もアジア人じゃないの?
◆Johnny:彼は高校時代からの知り合いだし....彼は女性じゃない<笑い>。
◆みどり:それは大きな違いね。
トイレに行くときが大変なのよ。ニックなら大丈夫だけど....。
◆Johnny:どんなことでも、話したくなったときに、君に電話できて、安らぎを感じることができると分かっていることはいいことだね。
◆みどり:ジョニーも私もアジア人だから、いろんな点でよく分かるところがあると思うの。
例えば、直接ドクターとかに質問するのが恥ずかしかったり....。私も同じなんだけど、ジョニーのためだったら自分をプッシュして質問することができる。不思議なのよね、自分の....。
◆Johnny:自分のことになるとできない、だろ?
もう一つ大切なことは、支援してくれる、支持してくれる友だちがいること。そして、この HIV/AIDS という病気のためにその関係を断たれないこと。それは、僕にとってとても重要なことなんだ。
◆K:日本人は、大抵のことはお金で解決できると思ってるから、お金が一番大切だと思ってる人が多いんです。僕はそうは思わないけど....。多分、こういうお互いに助け合って生きている状況そのものがとても大切なんだと思うな....。
ううん、難しくて質問ができないよ。
◆みどり:<笑い>
彼は、何質問しようかと一所懸命考えてるところよ。
◆K:あんまりベーシックな質問ばかりで....。
◆みどり:随分哲学的な質問ばかりするから、私、よく分からなくて。
◆Johnny:僕に答えられるといいけどね....。
◆K:日本で質問リストは用意してきたんだけど、ほとんど役に立たないよ。
◆Johnny:どうして?
◆K:日本で考えていたときとはまるで様子が違うから....。
◆みどり:ジャズミン、あなたはずっとジョニーのそばにいて、私と彼が友だちになってから、何か変化があったと思う?
◆Jasmine:彼に?
◆みどり:そう。
◆Jasmine:そうね、以前だったら自分の中に閉じ込もって知らない振りをしていたようなことをいろいろ話すようになったと思うわ。最近は随分オープンになったと思う。随分変わったと思うわ。
◆Johnny:気の許せる人には随分オープンになったよ。気の許せない人にはまだシャイで無口だけどね。
気楽にならなきゃいけないんだけど、居心地が悪いとなかなかオープンになれないんだ。
◆みどり:ヘレンは好きでしょ?
◆Johnny:ああ、とてもいい人だよ。
時計のことで恥ずかしかったんだけど(※1)、彼女がどんどん話しかけてくるもんだから、それで親しくなって....。
※1 ジョニーは目が不自由なため、時刻を音声で知らせる腕時計をプレゼントされた。静かなミーティングの最中、突然コケコッコーという目覚ましが鳴り始めたが、ジョニーはもらったばかりで止め方が分からず、大慌て。
◆みどり:彼女は正直だし、オープンだと思わない?
彼女は....。
◆K:昨日 APICHA で会った年配のボランティアの中国人女性のことでしょ?
◆Johnny:ちょっと知り合いになりたかっただけなんだけどなあ。
◆みどり:彼女はあなたに話させるものね。
私、もっと話させたいわ。
◆Johnny:彼女とは随分話したよ!
◆みどり:本当よく話したわよね。
最後になんて言ってたか憶えてる?
「随分話せて楽しかったわ」だって<笑い>。
◆Johnny:ヘレンはとてもいい人だよ。僕の電話番号教えて、彼女も教えてくれて、話したくなったらいつでも電話しなさいって。
彼女と話してるととても楽しいよ。
気にかけてくれる人たち、必要なものを整えてくれる人たちがいてくれて本当にうれしいと思うよ。いつも気にかけてくれたり、助けになってくれる人たちが大勢いてくれるから本当に心強い....。
少しずつだけど、彼らが僕の心を和らげてくれていることが分かってきたんだ。
◆みどり:ジョニーのサポート・グループの年配の人たちはとても素敵で、私たちが部屋に入っていくとすぐに立ち上がって握手して、昨日なんかジョニーのまわりに一度に4つも5つも手があって....。
◆Johnny:そうだったね。
◆みどり:みんなあなたを助けようとしてるのよ。私はもう必要ないんじゃないかと思ったわ。
私たち(APICHA)は、いまフレンドシップの輪を広げようとしてるんです。
◆K:難しいな。簡単っていえば簡単なんだけど。
◆みどり:Kさんは、友だちでいるとか、あなたのために側にいるとか、とてもシンプルに聞こえるけど、すごく難しいって言ってるのよ。
◆Johnny:ああ、簡単じゃないさ。
Buddy in New York - お互いに気にかけている人
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ お互いに気にかけている人
◆K:バディと友情との違いは何か?ってみどりさんに聞いたんです。
でも、彼女と話したあと、私たち日本人は本当の友情なんて理解してないんじゃないか?ってことに気がついたんです。だとすると、ばかげた質問だったよね。
◆Johnny:バディは、HIV や AIDS を持っている人と友だちになるボランティアにオーガナイゼーションが与えた名前だけど、僕はみどりのことをバディだと考えたことはないよ。彼女は僕の親友なんだ。
◆K:だから、多分日本では、何がバディかを学ぶ前に、何が友情かとか、何が愛情かとかを真面目に考え始めた方がよさそうだね。
おそらくそれが答なんだろうな....。
◆Jasmine:彼らがバディって言うのは、ここにあなたのためのボランティアがいますよって言うよりも、バディって言ったほうが親しい感じがするし、いい言葉だからだと思うわ。
ボランティアと言うと仰々しい感じがするし、バディは感じのいいピッタリの言葉だわ。
◆K:問題は、どうやって説明するかなんだ、多分。どうやったら説明できるのかわからないな。
◆Johnny:お互いに気にかけている人? 助けが必要な人を助ける人? それだけだよ。
◆K:ああ、とてもシンプルだね。
1月に日本で大きな地震があったのは知ってる?
◆Johnny:もちろん。
◆K:その時は、確かに助け合うことができたんです。何故なら、誰もが神戸で何が起こっているか、テレビで見て知ってたから。ところが、他のことになると、何が起こっているのかよく理解できない。だから、お互いに助け合うために立ち上がることができないんだ、大抵は....。
◆Johnny:何かおそれてるからなのかな? 偏見とか何か....。
◆みどり:PWAs(People with AIDS)に対して?
◆K:多分 HIV 特有のことではないと思う。
日本ではあらゆることが均一だから、違うものは何でも除外しようとしがちなんだ。
◆みどり:日本人は何か大切なものをなくしちゃったんじゃないかしら。昔は助け合って生きていたはずなのよ。
◆K:私もそう思う。
◆みどり:歴史を遡ればね。
◆Johnny:何でもそうだけど、HIV で困っているような人を助けるのはとても大切なことなんだ。ケアと理解を示して....。
◆みどり:どうして他人を助けられるんだと思う?
◆Johnny:え?
◆K:<笑い>。
◆Johnny:どうして他人を助けられるんだと思うかって?
ジャズミン、答えられる?<笑い>
◆みどり:誰かを助けたいと思うとき、じゃあ、どうして助けたいと思うの?
◆Johnny:だって、助けの必要な人を見たとき、助けずにはいられないだろう? 目の見えない人が道を渡ろうとしていたら....。
◆Jasmine:道を渡るのお手伝いしましょうか?とか言っちゃうわよね。
◆Johnny:目の見えない人の中には、そういうの嫌いな人もいるんだ。自力でやりたいと思ってる人が....。
僕は誰か来て助けてくれないかな?と思うんだけど(※1)、自分で頼むのは苦手なんだ。
※1 ジョニーはサイトメガロウイルス感染によりほとんど視力を失っている。
◆みどり:聞かれるのは構わないんでしょ?
◆Johnny:ああ、僕はね。でも、それは一人一人違うんだと思うよ。ものによってはあれは嫌いだとかこれは嫌いだとか、それは人によると思うよ。
でも、誰かが本当に僕を助けようとしてくれるなら、僕はいつだって嬉しいよ。僕が困っているのを見て、誰かが助けを申し出てくれると、僕はとっても嬉しくなるんだ。
◆K:ジョニーがどうしてほしいか分かるから助けられるんだろうね。
うーん、難しいな。
◆みどり:単純だから難しいのよ。
ジャズミンはどうして他人を助けたいと思うの?
◆Jasmine:学校でもやってるし、コミュニティ・サービスでもやってるわ。
◆みどり:どうして助けたい思うの?
◆Jasmine:どうして?
どうしてか?って言うと、助けを必要としている人が大勢いることは分かってるし、他にいい方法もないし、何もしないなんてできないわよ。誰かが助けなきゃ。
助けるのは、その人たちの喜ぶ顔が見たいからよ。悲しそうな顔なんて見たくないもの。私だって悲しくなるし。だから助けるのよ。
私は、そのコミュニティ・サービスで年に2回食べ物の配給を手伝ってるんだけど、英語をしゃべれない人でも嬉しそうな顔を見ることができるし、みんな笑顔で「ありがとう」って言ってるわ。彼らが幸せそうなのを見ていると、心の中がとてもゆたかになるの。
◆Johnny:ジャズミンはエイズ・ウォーク(※1)にも出てるし、僕の自慢の姪だよ。とても自慢なんだ。
※1 HIV/AIDS をサポートする世界最大の NGO である GMHC(Gay Men's Health Crisis, New York)が主催するファンド・レイジングのイベント。参加者(ボランティア)がニューヨーク市内を練り歩き、人数や距離に応じて企業や個人が寄付をする。寄付金は数億円に達する。
◆Jasmine:みんな時間を無駄に使ってるでしょ? 私は何か役に立ちたいわ。妹なんか一日中家にいてテレビ見てるだけ....。
◆Johnny:有意義な時間にしないとね。
◆K:いいんですか、みどりさん? ジョニー、タバコ吸ってますよ。
◆みどり:それは、彼が決めることです<笑い>。
彼、タバコはとめられてないんです。
◆Johnny:そうそう<笑い>。
◆みどり:稲田先生(※1)もOKって。あら、先生寝てるわ。
※1 稲田先生は、ニューヨークにあるセント・ルークス・ルーズベルト病院の内科・リウマチ学研究室の部長でありコロンビア大学の主任研究員。80年代初期からエイズの研究に関わっている。また、イナダ・ラング・エイズ研究財団を設立し、同病院を中心に日本人医師・医療関係者のための HIV/AIDS 医療研修プログラムを推進している。
稲田先生は、ファンド・レイジングのためにキャノン・ボールに出走を予定していたが、この日の早朝、スタート地点のデトロイトへ向かう途中で車が故障。これを引き取りに行き、肉体的な疲労と精神的な落胆の中、我々のインタビューにご同行下さった。
ちなみに、先生はヘビースモーカーでカンピー愛好家。
◆K:先生、疲れてるんだよ。
◆Johnny:だから静かだったんだね。
◆みどり:先生、随分疲れてるのね。
◆Johnny:もっと多くの人たちがこの病気のことを理解するようになれば、こわがるどころか、カジュアル・コンタクトではうつらないんだということが分かるはずだよ。セクシャル・コンタクトや静脈内に注射する麻薬使用以外ではうつらないんだということが....。
僕は、いまでも感染していることを知らない人に話すのは不安だよ。それを聞いた人がどう反応するか分からないから....。もっと多くの人たちが理解してくれたら、随分居心地がいいんだろうけどな。それが、僕があまり外出しない理由なんだ。それは、この近所でも起こり得ることだし....。でも、エイズなんて全然気にしないっていう人もいて、時には勇気付けられることもあるよ。理解さえすれば、彼らも差別しないんだろうけどね。
※1 ニューヨークでは禁煙運動が盛んで、ビル内や一定規模以上のレストランではタバコを吸うことができない。しかし、その反動で、戸外での喫煙は日常的な風景であり、路上には吸殻が目立つ。
◆K:バディと友情との違いは何か?ってみどりさんに聞いたんです。
でも、彼女と話したあと、私たち日本人は本当の友情なんて理解してないんじゃないか?ってことに気がついたんです。だとすると、ばかげた質問だったよね。
◆Johnny:バディは、HIV や AIDS を持っている人と友だちになるボランティアにオーガナイゼーションが与えた名前だけど、僕はみどりのことをバディだと考えたことはないよ。彼女は僕の親友なんだ。
◆K:だから、多分日本では、何がバディかを学ぶ前に、何が友情かとか、何が愛情かとかを真面目に考え始めた方がよさそうだね。
おそらくそれが答なんだろうな....。
◆Jasmine:彼らがバディって言うのは、ここにあなたのためのボランティアがいますよって言うよりも、バディって言ったほうが親しい感じがするし、いい言葉だからだと思うわ。
ボランティアと言うと仰々しい感じがするし、バディは感じのいいピッタリの言葉だわ。
◆K:問題は、どうやって説明するかなんだ、多分。どうやったら説明できるのかわからないな。
◆Johnny:お互いに気にかけている人? 助けが必要な人を助ける人? それだけだよ。
◆K:ああ、とてもシンプルだね。
1月に日本で大きな地震があったのは知ってる?
◆Johnny:もちろん。
◆K:その時は、確かに助け合うことができたんです。何故なら、誰もが神戸で何が起こっているか、テレビで見て知ってたから。ところが、他のことになると、何が起こっているのかよく理解できない。だから、お互いに助け合うために立ち上がることができないんだ、大抵は....。
◆Johnny:何かおそれてるからなのかな? 偏見とか何か....。
◆みどり:PWAs(People with AIDS)に対して?
◆K:多分 HIV 特有のことではないと思う。
日本ではあらゆることが均一だから、違うものは何でも除外しようとしがちなんだ。
◆みどり:日本人は何か大切なものをなくしちゃったんじゃないかしら。昔は助け合って生きていたはずなのよ。
◆K:私もそう思う。
◆みどり:歴史を遡ればね。
◆Johnny:何でもそうだけど、HIV で困っているような人を助けるのはとても大切なことなんだ。ケアと理解を示して....。
◆みどり:どうして他人を助けられるんだと思う?
◆Johnny:え?
◆K:<笑い>。
◆Johnny:どうして他人を助けられるんだと思うかって?
ジャズミン、答えられる?<笑い>
◆みどり:誰かを助けたいと思うとき、じゃあ、どうして助けたいと思うの?
◆Johnny:だって、助けの必要な人を見たとき、助けずにはいられないだろう? 目の見えない人が道を渡ろうとしていたら....。
◆Jasmine:道を渡るのお手伝いしましょうか?とか言っちゃうわよね。
◆Johnny:目の見えない人の中には、そういうの嫌いな人もいるんだ。自力でやりたいと思ってる人が....。
僕は誰か来て助けてくれないかな?と思うんだけど(※1)、自分で頼むのは苦手なんだ。
※1 ジョニーはサイトメガロウイルス感染によりほとんど視力を失っている。
◆みどり:聞かれるのは構わないんでしょ?
◆Johnny:ああ、僕はね。でも、それは一人一人違うんだと思うよ。ものによってはあれは嫌いだとかこれは嫌いだとか、それは人によると思うよ。
でも、誰かが本当に僕を助けようとしてくれるなら、僕はいつだって嬉しいよ。僕が困っているのを見て、誰かが助けを申し出てくれると、僕はとっても嬉しくなるんだ。
◆K:ジョニーがどうしてほしいか分かるから助けられるんだろうね。
うーん、難しいな。
◆みどり:単純だから難しいのよ。
ジャズミンはどうして他人を助けたいと思うの?
◆タバコある? Johnny
◆大丈夫? K
◆大丈夫だよ<笑い>。 Johnny
◆Jasmine:学校でもやってるし、コミュニティ・サービスでもやってるわ。
◆みどり:どうして助けたい思うの?
◆Jasmine:どうして?
どうしてか?って言うと、助けを必要としている人が大勢いることは分かってるし、他にいい方法もないし、何もしないなんてできないわよ。誰かが助けなきゃ。
助けるのは、その人たちの喜ぶ顔が見たいからよ。悲しそうな顔なんて見たくないもの。私だって悲しくなるし。だから助けるのよ。
私は、そのコミュニティ・サービスで年に2回食べ物の配給を手伝ってるんだけど、英語をしゃべれない人でも嬉しそうな顔を見ることができるし、みんな笑顔で「ありがとう」って言ってるわ。彼らが幸せそうなのを見ていると、心の中がとてもゆたかになるの。
◆Johnny:ジャズミンはエイズ・ウォーク(※1)にも出てるし、僕の自慢の姪だよ。とても自慢なんだ。
※1 HIV/AIDS をサポートする世界最大の NGO である GMHC(Gay Men's Health Crisis, New York)が主催するファンド・レイジングのイベント。参加者(ボランティア)がニューヨーク市内を練り歩き、人数や距離に応じて企業や個人が寄付をする。寄付金は数億円に達する。
◆Jasmine:みんな時間を無駄に使ってるでしょ? 私は何か役に立ちたいわ。妹なんか一日中家にいてテレビ見てるだけ....。
◆Johnny:有意義な時間にしないとね。
◆メンソールのタバコだけど? K
◆僕、メンソール好きなんだよ。 Johnny
◆K:いいんですか、みどりさん? ジョニー、タバコ吸ってますよ。
◆みどり:それは、彼が決めることです<笑い>。
彼、タバコはとめられてないんです。
◆Johnny:そうそう<笑い>。
◆みどり:稲田先生(※1)もOKって。あら、先生寝てるわ。
※1 稲田先生は、ニューヨークにあるセント・ルークス・ルーズベルト病院の内科・リウマチ学研究室の部長でありコロンビア大学の主任研究員。80年代初期からエイズの研究に関わっている。また、イナダ・ラング・エイズ研究財団を設立し、同病院を中心に日本人医師・医療関係者のための HIV/AIDS 医療研修プログラムを推進している。
稲田先生は、ファンド・レイジングのためにキャノン・ボールに出走を予定していたが、この日の早朝、スタート地点のデトロイトへ向かう途中で車が故障。これを引き取りに行き、肉体的な疲労と精神的な落胆の中、我々のインタビューにご同行下さった。
ちなみに、先生はヘビースモーカーでカンピー愛好家。
◆K:先生、疲れてるんだよ。
◆Johnny:だから静かだったんだね。
◆みどり:先生、随分疲れてるのね。
◆Johnny:もっと多くの人たちがこの病気のことを理解するようになれば、こわがるどころか、カジュアル・コンタクトではうつらないんだということが分かるはずだよ。セクシャル・コンタクトや静脈内に注射する麻薬使用以外ではうつらないんだということが....。
僕は、いまでも感染していることを知らない人に話すのは不安だよ。それを聞いた人がどう反応するか分からないから....。もっと多くの人たちが理解してくれたら、随分居心地がいいんだろうけどな。それが、僕があまり外出しない理由なんだ。それは、この近所でも起こり得ることだし....。でも、エイズなんて全然気にしないっていう人もいて、時には勇気付けられることもあるよ。理解さえすれば、彼らも差別しないんだろうけどね。
◆ポケット灰皿だよ。 K
◆ニューヨークのスモーカーの必需品だね(※1)<笑い>。 Johnny
※1 ニューヨークでは禁煙運動が盛んで、ビル内や一定規模以上のレストランではタバコを吸うことができない。しかし、その反動で、戸外での喫煙は日常的な風景であり、路上には吸殻が目立つ。
Buddy in New York - ささえてくれる人のために
◇やさしさの構図/QoF(Quality of Friendship) ❒ ささえてくれる人のために
◆F:今日、ジョニーのごく自然な姿勢を見て、ちょっと驚いてるんだけど....。
◆Johnny:以前はそうじゃなかったから、みんな随分驚くよ。
僕は目が見えないんだ。左目の視力がなくなったときはとても辛かったけど、今では右目もボンヤリ影が分かる程度になってしまった。でも、僕にとって重要なのは、強く生きることなんだ。強く生きて、ギブ・アップしない。そのことが、僕を助けてくれる家族や友だちのささえになる。僕を背後からささえてくれる家族や友だちを悲しませることはできないよ。
◆K:それは、HIV 検査で陽性と分かる前から同じ姿勢なの?
◆Johnny:全然違うよ。
◆K:変わったということ?
◆Johnny:そう。随分変わったよ。だって、あまり時間が、生きている時間がないから。
何がしたい?とか聞かれるんだけど....。例えばバケーションにしたって、僕は目が見えないからエンジョイできないし、映画も好きなんだけど....。だから、僕は自分にできる他のやりかた、他のことを見つけなきゃならないんだ。
◆みどり:徐々に見つけてきてるじゃない。
◆Johnny:そう思う?
◆みどり:今あなたは他の人にメッセージを伝えてるし....。
◆Johnny:ギブ・アップしたくないんだ。何か役に立つ仕事がしたいんだ。何もできないほどからだが弱っているとは思わないし、HIV ポジティブというだけで何かしてもらってばかりいるように感じるんだ。助けてもらってることは分かってるよ。でも、僕もボランティアとして他の人のために働きたいんだ。
◆Jasmine:これはできない、あれもできないと言って何もしない消極的な人がいたら、ちょっとプッシュしてあげて、何かをするように仕向けるのはいいことだと思うわ。 「やってみようよ」って元気付けてあげるのよ。そうすれば、その人は強くなるし、強くなったと感じると思うの。 「ああ、この人は、私ができると信じてるんだ」って。
◆みどり:勇気付けてあげるのね?
◆Jasmine:そう。そういう勇気付けがあれば、随分大勢の人たちが、自分にはいろいろなことができると思うようになるわ。だから、「あなたならできるわよ、やってごらんなさいよ」って言ってくれる人が必要よ。そして、実際にやってそれができれば、気持ちがいいし、自信もつくと思うの。
そういう意味でも、バディは大切だと思うわ。
◆Johnny:ネガティブに考えちゃダメなんだよ、ポジティブに考えなきゃ。ネガティブにとらえるとからだもまいっちゃうし....。自分自身を信じなきゃ。
◆F:みどりさんはジョニーから何を受け取ってると思う?
◆みどり:友情。特に、ここには家族がいないし、あなたは私の弟のようなものだし、あなたの家族は私の家族のようなものなの。
◆Johnny:僕の両親は彼女をとても愛してるよ。
◆みどり:いつでも歓待してくれるし、彼らといることがとても楽しいし....。
それから、私もジョニーから生きる活力を得ていると思うの。
彼はいつも私のことを気にかけてくれて、「ちゃんと寝なきゃダメだよ」、「働き過ぎちゃダメだよ」って言ってくれるの。
◆Johnny:彼女はいつも仕事ばかりしてて、忙しくて忙しくて、彼女の時間なんて全然ないんだ。それに、いつもやたら重いカバンを持ち歩いているんだ。
◆K:それは知ってるよ。何でも入ってるだろ?
◆Johnny:まったく驚きだよ。
◆K:日本ではボランティアは「何かを与えること」だと思われてるんだ。
◆みどり:絶対に得てるものがあるはずなのよ。
ジャズミン、言ってること分かる?
◆Jasmine:ええ。
◆みどり:基本的に私もさっきジャズミンが言ったのと同じように考えてるの。
ジョニーが悲しいと私も悲しいし、彼が幸せなら私も幸せなの。あなたの笑顔が見たいだけなのよ。あなたの笑顔が私を幸せにするし、それが私の心のささえにもなる....。
私、日本人ってもう少し「素朴」にならなきゃいけないんじゃないかと思う。
楽しんでいることを心から楽しまなきゃ。
◆F:中国の人はどうなのかな?
◆Jasmine:年配の中国人は、本国ではほとんどの人が貧乏でお金もなくて、アメリカへ移民してきて、子供には楽をさせたくて猛烈に働いて....。
私の両親も、同じように私や妹が楽できるように一所懸命働いて....。それは、自分たちのためにやるんじゃなくて、子供のためにやってるのよ。自分の子供を幸せにするために....。本国でもそうじゃないかと思うんだけど、節約して、子供のためにお金を残して....。
◆Johnny:ジャズミンの両親はとてもハードなんだ。彼らはアイスクリーム店のオーナーで、一日11時間、一週間休みなしで働くんだ。家族を養い、子供を学校に、大学に行かせるために。子供のためには惜しみなく使う。姉さん(ジャズミンの母親)は、いつも感謝の気持ちを忘れるなって言ってるよ。
毎日働いて、休みは一日もなし。仕事、仕事、仕事。
◆みどり:お父さんは、あなたのこととても気にかけてるわ。
あなたが入院してたとき、言われるまで毎日毎日お見舞いに来られてたじゃない? 病院まで1時間以上かかるでしょ?
◆Jasmine:お祖父さんは、ジョニーのためにできることは何でもするわ。
◆Johnny:十分にコミュニケートできなくてもね....。
◆みどり:でも、あなたのお父さんがとても心配してることはよく分かるでしょ?
◆Jasmine:一族みんなが気にかけてるのよ。誰かが傷つけば、他の誰かが助ける。お祖父さんだけじゃなくて、私だって放課後とかにお見舞いに行くし....。
◆みどり:だからあなたの家族は大好きなのよ。うらやましいと思うわ。本当にいい家族よ。
◆Johnny:みどりとかがそう言ってくれても、最初はよく分からなかったんだ。
父さんがお見舞いに来たとき、僕の友だち(HIV感染者)はとてもびっくりして、彼の父親はそうしてくれないってとてもうらやましがってたよ。
以前はそういうことがよく理解できなかったんだ。
◆みどり:本当すごいと思うわ。ジャズミンもあなたを助けてる。お姉さんもあなたを助けてる。
◆K:もしかしたら、僕たち日本人は、お互いに助け合うことの大切さを理解する、あるいは思い出すスタート・ラインにいるのかもしれないね。理解するために、彼らをちょっとプッシュしなきゃ。
そろそろ行きましょうか?
◆F:あまり長いと....。
◆みどり:ジョニー、帰る?
◆K:どうもありがとう。
◆Johnny:どういたしまして。また、いつでも。
◆F:今日、ジョニーのごく自然な姿勢を見て、ちょっと驚いてるんだけど....。
◆Johnny:以前はそうじゃなかったから、みんな随分驚くよ。
僕は目が見えないんだ。左目の視力がなくなったときはとても辛かったけど、今では右目もボンヤリ影が分かる程度になってしまった。でも、僕にとって重要なのは、強く生きることなんだ。強く生きて、ギブ・アップしない。そのことが、僕を助けてくれる家族や友だちのささえになる。僕を背後からささえてくれる家族や友だちを悲しませることはできないよ。
◆K:それは、HIV 検査で陽性と分かる前から同じ姿勢なの?
◆Johnny:全然違うよ。
◆K:変わったということ?
◆Johnny:そう。随分変わったよ。だって、あまり時間が、生きている時間がないから。
何がしたい?とか聞かれるんだけど....。例えばバケーションにしたって、僕は目が見えないからエンジョイできないし、映画も好きなんだけど....。だから、僕は自分にできる他のやりかた、他のことを見つけなきゃならないんだ。
◆みどり:徐々に見つけてきてるじゃない。
◆Johnny:そう思う?
◆みどり:今あなたは他の人にメッセージを伝えてるし....。
◆Johnny:ギブ・アップしたくないんだ。何か役に立つ仕事がしたいんだ。何もできないほどからだが弱っているとは思わないし、HIV ポジティブというだけで何かしてもらってばかりいるように感じるんだ。助けてもらってることは分かってるよ。でも、僕もボランティアとして他の人のために働きたいんだ。
◆Jasmine:これはできない、あれもできないと言って何もしない消極的な人がいたら、ちょっとプッシュしてあげて、何かをするように仕向けるのはいいことだと思うわ。 「やってみようよ」って元気付けてあげるのよ。そうすれば、その人は強くなるし、強くなったと感じると思うの。 「ああ、この人は、私ができると信じてるんだ」って。
◆みどり:勇気付けてあげるのね?
◆Jasmine:そう。そういう勇気付けがあれば、随分大勢の人たちが、自分にはいろいろなことができると思うようになるわ。だから、「あなたならできるわよ、やってごらんなさいよ」って言ってくれる人が必要よ。そして、実際にやってそれができれば、気持ちがいいし、自信もつくと思うの。
そういう意味でも、バディは大切だと思うわ。
◆Johnny:ネガティブに考えちゃダメなんだよ、ポジティブに考えなきゃ。ネガティブにとらえるとからだもまいっちゃうし....。自分自身を信じなきゃ。
◆F:みどりさんはジョニーから何を受け取ってると思う?
◆みどり:友情。特に、ここには家族がいないし、あなたは私の弟のようなものだし、あなたの家族は私の家族のようなものなの。
◆Johnny:僕の両親は彼女をとても愛してるよ。
◆みどり:いつでも歓待してくれるし、彼らといることがとても楽しいし....。
それから、私もジョニーから生きる活力を得ていると思うの。
彼はいつも私のことを気にかけてくれて、「ちゃんと寝なきゃダメだよ」、「働き過ぎちゃダメだよ」って言ってくれるの。
◆Johnny:彼女はいつも仕事ばかりしてて、忙しくて忙しくて、彼女の時間なんて全然ないんだ。それに、いつもやたら重いカバンを持ち歩いているんだ。
◆K:それは知ってるよ。何でも入ってるだろ?
◆Johnny:まったく驚きだよ。
◆K:日本ではボランティアは「何かを与えること」だと思われてるんだ。
◆みどり:絶対に得てるものがあるはずなのよ。
ジャズミン、言ってること分かる?
◆Jasmine:ええ。
◆みどり:基本的に私もさっきジャズミンが言ったのと同じように考えてるの。
ジョニーが悲しいと私も悲しいし、彼が幸せなら私も幸せなの。あなたの笑顔が見たいだけなのよ。あなたの笑顔が私を幸せにするし、それが私の心のささえにもなる....。
私、日本人ってもう少し「素朴」にならなきゃいけないんじゃないかと思う。
楽しんでいることを心から楽しまなきゃ。
◆F:中国の人はどうなのかな?
◆Jasmine:年配の中国人は、本国ではほとんどの人が貧乏でお金もなくて、アメリカへ移民してきて、子供には楽をさせたくて猛烈に働いて....。
私の両親も、同じように私や妹が楽できるように一所懸命働いて....。それは、自分たちのためにやるんじゃなくて、子供のためにやってるのよ。自分の子供を幸せにするために....。本国でもそうじゃないかと思うんだけど、節約して、子供のためにお金を残して....。
◆Johnny:ジャズミンの両親はとてもハードなんだ。彼らはアイスクリーム店のオーナーで、一日11時間、一週間休みなしで働くんだ。家族を養い、子供を学校に、大学に行かせるために。子供のためには惜しみなく使う。姉さん(ジャズミンの母親)は、いつも感謝の気持ちを忘れるなって言ってるよ。
毎日働いて、休みは一日もなし。仕事、仕事、仕事。
◆みどり:お父さんは、あなたのこととても気にかけてるわ。
あなたが入院してたとき、言われるまで毎日毎日お見舞いに来られてたじゃない? 病院まで1時間以上かかるでしょ?
◆Jasmine:お祖父さんは、ジョニーのためにできることは何でもするわ。
◆Johnny:十分にコミュニケートできなくてもね....。
◆みどり:でも、あなたのお父さんがとても心配してることはよく分かるでしょ?
◆Jasmine:一族みんなが気にかけてるのよ。誰かが傷つけば、他の誰かが助ける。お祖父さんだけじゃなくて、私だって放課後とかにお見舞いに行くし....。
◆みどり:だからあなたの家族は大好きなのよ。うらやましいと思うわ。本当にいい家族よ。
◆Johnny:みどりとかがそう言ってくれても、最初はよく分からなかったんだ。
父さんがお見舞いに来たとき、僕の友だち(HIV感染者)はとてもびっくりして、彼の父親はそうしてくれないってとてもうらやましがってたよ。
以前はそういうことがよく理解できなかったんだ。
◆みどり:本当すごいと思うわ。ジャズミンもあなたを助けてる。お姉さんもあなたを助けてる。
◆K:もしかしたら、僕たち日本人は、お互いに助け合うことの大切さを理解する、あるいは思い出すスタート・ラインにいるのかもしれないね。理解するために、彼らをちょっとプッシュしなきゃ。
そろそろ行きましょうか?
◆F:あまり長いと....。
◆みどり:ジョニー、帰る?
◆K:どうもありがとう。
◆Johnny:どういたしまして。また、いつでも。
Buddy in New York - おわりに(追記)
◇おわりに(追記)
エイズのような病気や今後私たちが直面する高齢化の問題は、医療技術や医療システムだけで解決できるものではない。また、日本の経済成長が臨界点に達すると同時に社会保障システムの限界も見え始めた。今後は個々人に求められるところがますます大きくなる。
さて、友情や愛情という言葉にはその質や深さは含まれていない。含まれていないのに、如何にも確固として実在するもののように取り扱われる。多分、これが話を分かりにくくしている原因の一つではないだろうか。
例えば、バディと友だち、バディと家族はどこが違うのかという質問は、一見率直で、部外者としては一応許されるものだと思う。だから、松本さんもジョニーも同様の質問に親切に答えようと苦心してくれたのだろう。しかし、どの程度の友だち、あるいはどんな家族関係と比較しようとしているのかは触れられていないのだから随分と無理な質問ではないか。
考えてみれば、HIV に感染し、あるいはエイズを発病したとき、その事実を受け容れ、ささえてくれる友だちが、はたして何人いるだろうか。家族はどうだろうか。
クライアントを『弟』のように思うと言った松本さんの言葉がとても印象的だった。
問題の本質は、友情や愛情の質を確かめない私たちの日常生活と社会生活にあるのかもしれない。逆に、HIV/AIDS という困難に直面した不特定の人間を、何の偏見もなく友だちとして受け容れる用意のできている人と、そのささえを受け容れることのできる人の関係を『バディ』と呼ぶとするなら、HIV/AIDS に類する事実を受け容れ、乗り越えることができなくて去っていく友だちや家族をいったい何と呼べばいいのだろうか。
どうも事情はそうらしい。そして、そのような背景があったからこそ、バディが一つのサポート・システムとして登場したと考えられる(もちろん、友だち、家族であればこそ受け容れにくいという側面もある)。
戦後の日本の高度経済成長は、そんな面倒くさいことを個々人が考えなくても済むようにすばらしい社会システムをつくり上げてくれた。病気は病院で治してくれるものと、それが全てだと思い込んでいる人のなんと多いことか。日本の社会システムが劣っているわけではないだろう。しかし、人と人とがささえ合うコミュニティ基盤が脆弱になっていることは認識しておかなければならない。補強する必要はある。
『バディは友だち』という当たり前過ぎて答えにならないような答えは、どのような状況でのどのような友だちかという前提を加えれば、とてもクリアな答えになっている。むしろ難しいのは、友情や愛情の質など振り返ってみたこともない、あるいはこれまでその必要もなかった人たちにそれがどう伝えられるかだろう。しかし、HIV/AIDS はもちろんのこと、現実の問題として間近に迫った高齢化社会をイメージするとき、これはどうしてもやっておかなければならない。
通常、友情や愛情の問題は、一歩日常から離れて、文学や芸術の中だけで議論されることが多いが、個々人にとって最近流行のQoL(Quality of Life)よりもさらに切実な問題として、もう一つの QoL、Quality of Love と QOF、Quality of Friendship について真面目に考え始める時期がきているのではないだろうか。
私たちに新たな認識と理解を与えてくれた松本さんとジョニー、そして二人を紹介して下さったセント・ルークス・ルーズベルト病院の稲田頼太郎先生に心から感謝しているし、このように素敵な人たちが『いる』ことに感謝したい。
また、今回のインタビューは APICHA の理解なしには実現しなかった。改めてお礼申し上げたい。
松本さんとジョニーにお会いしてからほどなく、私たちに美味しい中華料理をご馳走してくれたジョニーのお母さん(義母)が入院されたとの知らせを受けた。末期の乳がんだったが、まだ永住権を持たないお母さんは、最低の医療すら保障されず、悲しいことに数ヶ月後に亡くなられた。
そして、松本さんとジョニーにお会いした年の冬、松本さんが所用で一時帰国されると聞き、東京のあるホテルで食事をご一緒させていただくことにした。本当に楽しみにしていた再会だった。しかし、松本さんの様子は違った。ジョニーが亡くなった。松本さんがニューヨークを飛行機で飛び立った、ちょうどその時刻に、ジョニーは息を引き取ったという。何もかも知っていたのかもしれない。
こんな辛い思いをしたのは久しぶりだった。松本さんはどれほど悲しいだろう? 用意した鍋が虚しくゆげを上げ、そしてとめどなく涙が流れた。
エイズのような病気や今後私たちが直面する高齢化の問題は、医療技術や医療システムだけで解決できるものではない。また、日本の経済成長が臨界点に達すると同時に社会保障システムの限界も見え始めた。今後は個々人に求められるところがますます大きくなる。
さて、友情や愛情という言葉にはその質や深さは含まれていない。含まれていないのに、如何にも確固として実在するもののように取り扱われる。多分、これが話を分かりにくくしている原因の一つではないだろうか。
例えば、バディと友だち、バディと家族はどこが違うのかという質問は、一見率直で、部外者としては一応許されるものだと思う。だから、松本さんもジョニーも同様の質問に親切に答えようと苦心してくれたのだろう。しかし、どの程度の友だち、あるいはどんな家族関係と比較しようとしているのかは触れられていないのだから随分と無理な質問ではないか。
考えてみれば、HIV に感染し、あるいはエイズを発病したとき、その事実を受け容れ、ささえてくれる友だちが、はたして何人いるだろうか。家族はどうだろうか。
クライアントを『弟』のように思うと言った松本さんの言葉がとても印象的だった。
問題の本質は、友情や愛情の質を確かめない私たちの日常生活と社会生活にあるのかもしれない。逆に、HIV/AIDS という困難に直面した不特定の人間を、何の偏見もなく友だちとして受け容れる用意のできている人と、そのささえを受け容れることのできる人の関係を『バディ』と呼ぶとするなら、HIV/AIDS に類する事実を受け容れ、乗り越えることができなくて去っていく友だちや家族をいったい何と呼べばいいのだろうか。
どうも事情はそうらしい。そして、そのような背景があったからこそ、バディが一つのサポート・システムとして登場したと考えられる(もちろん、友だち、家族であればこそ受け容れにくいという側面もある)。
戦後の日本の高度経済成長は、そんな面倒くさいことを個々人が考えなくても済むようにすばらしい社会システムをつくり上げてくれた。病気は病院で治してくれるものと、それが全てだと思い込んでいる人のなんと多いことか。日本の社会システムが劣っているわけではないだろう。しかし、人と人とがささえ合うコミュニティ基盤が脆弱になっていることは認識しておかなければならない。補強する必要はある。
『バディは友だち』という当たり前過ぎて答えにならないような答えは、どのような状況でのどのような友だちかという前提を加えれば、とてもクリアな答えになっている。むしろ難しいのは、友情や愛情の質など振り返ってみたこともない、あるいはこれまでその必要もなかった人たちにそれがどう伝えられるかだろう。しかし、HIV/AIDS はもちろんのこと、現実の問題として間近に迫った高齢化社会をイメージするとき、これはどうしてもやっておかなければならない。
通常、友情や愛情の問題は、一歩日常から離れて、文学や芸術の中だけで議論されることが多いが、個々人にとって最近流行のQoL(Quality of Life)よりもさらに切実な問題として、もう一つの QoL、Quality of Love と QOF、Quality of Friendship について真面目に考え始める時期がきているのではないだろうか。
私たちに新たな認識と理解を与えてくれた松本さんとジョニー、そして二人を紹介して下さったセント・ルークス・ルーズベルト病院の稲田頼太郎先生に心から感謝しているし、このように素敵な人たちが『いる』ことに感謝したい。
また、今回のインタビューは APICHA の理解なしには実現しなかった。改めてお礼申し上げたい。
《追記》
松本さんとジョニーにお会いしてからほどなく、私たちに美味しい中華料理をご馳走してくれたジョニーのお母さん(義母)が入院されたとの知らせを受けた。末期の乳がんだったが、まだ永住権を持たないお母さんは、最低の医療すら保障されず、悲しいことに数ヶ月後に亡くなられた。
そして、松本さんとジョニーにお会いした年の冬、松本さんが所用で一時帰国されると聞き、東京のあるホテルで食事をご一緒させていただくことにした。本当に楽しみにしていた再会だった。しかし、松本さんの様子は違った。ジョニーが亡くなった。松本さんがニューヨークを飛行機で飛び立った、ちょうどその時刻に、ジョニーは息を引き取ったという。何もかも知っていたのかもしれない。
こんな辛い思いをしたのは久しぶりだった。松本さんはどれほど悲しいだろう? 用意した鍋が虚しくゆげを上げ、そしてとめどなく涙が流れた。
1995年2月8日水曜日
緊急報告!! 阪神大震災救援ボランティア(KOBE RELIEF)
東北関東大震災から明日で1ヶ月。全く先が見えてこない中、阪神淡路大震災(1995年1月17日発生)のときはどうしていたんだろう、と思って捜してみたら当時書いたものを見つけた。
当時私は日本の製薬会社に勤務し、その会社の企業内労働組合(組合員1300人)の非専従(仕事と兼任)の中央執行委員長をしていた。地震当日は休暇でハワイにいたが、帰国後すぐに支援活動を模索し始め、28日には余震の続く中、現地でボランティア活動を始めた。陸路はまだ確保されておらず、メリケン波止場から現地に入った。
以下は、その労働組合の2月8日付の機関紙に投稿した報告書である。当時、ボランティアという概念そのものがまだ新しく、このような広報活動が必要だったのだろう。
大型輸送ヘリが風を切るブワン・ブワン・ブワンという低音の響きは、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』の幻想的なシーンを思い起こさせるが、今この自衛隊のヘリコプターは、兵隊や武器ではなく、パンやおにぎりを運んでいる。
28日、29日の2日間、連合兵庫の求めに応じて、当労組から第一陣2名(中央執行委員長(注:私)、書記長)が阪神大震災のボランティア(1泊2日)に参加し、被災者の方々の食糧の確保のための作業を行ってきたので報告する。
第二陣は、2月6日、7日の2日間、24時間体制で避難所で生活されている方々のお世話をするため被災地入りする。
<1月28日> 早朝自宅を出発/JRと地下鉄を乗り継いで大阪港(天保山)に集合(8時)/高速艇で神戸港へ(約1時間)/メリケン波止場から徒歩で東遊園地へ/神戸市の職員から指示を受け、トラックの荷台に乗って王子陸上競技場へ(渋滞のため11時到着)/日没まで作業(交代で昼食・休憩)/作業終了後トラックで連合兵庫へ移動/会議室で各自夕食(注:食事は各自持参)/就寝(毛布4枚支給)。
<1月29日> 各自朝食/8時、徒歩で王子陸上競技場へ移動(早足で1時間強、トラックの荷台が恋しい)/到着後5時まで作業(交代で昼食・休憩)/JRの代替バスで芦屋へ(約1時間30分)/芦屋からJRで帰宅(8時)。
組織として個人として いま何をすべきか ...
今回の災害を第二次世界大戦の空襲と比較する人も多い。確かに被害状況そのものは似ているかもしれないが、戦争中の人々の空襲に対する認識と、日本全国の『今回被害を受けていない人』が阪神大震災をどう捉えたかは全く違うものだと思う。
阪神大震災の映像と記事は有り余るほどある。しかし、5000人以上が死亡し、30万人が今も避難生活を余儀なくされているという事実に対して、私たちの想像力はあまりにも貧弱だ。私たちは、テレビや新聞を通じて、自分には直接被害のおよばない不幸を鑑賞することに慣れてしまっているのではないか。湾岸戦争もエイズも同じことだ。
日本という国が被った歴史的大災害を目の前にして、企業が労働組合が、そして一人ひとりの個人が各々の認識力に基づいてどう行動するか、今まさに問われようとしている。
我々が自らを『Human Union』と呼ぶようになってから、エイズに取り組み、また手話や障害者のスポーツ・ボランティアに取り組んできた。そして、いま、労組が本部をおく京都から僅か数十キロのことろに歴史的な大災害の被災地があり、数十万人もの被災者の方々が長期的な避難生活を余儀なくされている。この状況下、我々が求める『ゆとり・ゆたかさ』(注:当時の連合のスローガンだったのではないかと思う)とは何か、いま一度よく考えてみてほしい。組織として、個人として、いま何をすべきか、また何ができるのか、いま一度よく考えてみてほしい。
救援ボランティア 登録受付中
余ったおにぎりが焼かれたとか、ボランティアに行ってもすることがないとか、一部には正確な取材に基づかない心ない報道も見られる。
しかし、よく考えてみてほしい。
十分な情報のない中で、避難者の方々に行き渡るだけのおにぎりを届けようとすれば、余分に送るしか方法がない。当たり前ではないか。余った食糧は処分せざるを得ない。
また、ボランティアが十分に組織できていない現状があり、ボランティアへの需要も刻々変化する。ボランティアに対する需要と供給にはばらつきが生じる。
送られた衣類が山積みで放置されているとの報道もある。しかし、状況をよく見てほしい。衣類が余っているのではない。仕分けする人手がないのだ。
ボランティアは企業の生産ラインのように最適化できるものではない。今しばらく、人的にも物質的にも多少の無駄は受け入れなければならない。
阪神大震災への対応は明らかに長期戦になる。木目細かい活動にはボランティアの参画が不可欠。事態を正確に認識し、可能な範囲で手を差し伸べてほしい。
体力と気力のボランティア作業
組織化されていない集団に複雑なことはできない。私が担当した作業もいたって単純、ただ体力と根気だけが求められる。
自衛隊の大型輸送ヘリで大量の食糧が到着(写真1)。ボランティアと自衛隊が共同で食糧を搬出し(写真2)、台車で競技場の400mトラックの反対側に移動。約5分毎に飛来する小型ヘリに搬入(写真3)。
プロペラを回転させたままの作業で、危険といえばかなり危険な作業であった。
以上が私の担当した作業だが、救援物資を積んだ小型ヘリは、さらに中央区の東遊園地など被災各区に飛び、もう一度トラックに移し替えて(写真4)被災者の方々のもとへと届けられる。
渾然一体となって
阪神大震災の救援活動には本当にさまざまな人・ものが動員され、渾然一体となって機能し始めている。
私(写真5)が参加した食糧確保にも自衛隊員、レスキュー隊員、学生のボランティア、企業や労働組合が支援するボランティアなどが関与。外見はバラバラだが、全員一つの目的のために黙々と働いていた。
また、飛来する小型ヘリも各都道府県の消防局、海上保安庁、民間ヘリコプター会社、企業所有のものなど色とりどり。
調整機能が麻痺しているとの報道もあるが、それは現状として受け止めるとして、さまざまのチャンネルを通じて莫大なエネルギーがここに結集されつつあることは確かだ。
避難所を疑似体験して
宿泊は中央区にある連合兵庫の会議室で雑魚寝。電気以外のライフラインは断たれたままで、暖房なし、辛うじて水洗トイレが一部使用可(ただし、水は他の連合ボランティアが屋上タンクに運び上げてくれたもの)という状況。幸い電気ポットの差し入れがあったので、持参した水で暖かいカップラーメンを食べることができたが、それ以外は冷たいおにぎりや缶詰で食事。
スペースは一人毛布一枚分。結構広いように思われるかもしれないが、全くの他人とこれだけの距離で『生活する』のは一泊でも苦痛がある。また、当日も余震があり、思わずヘルメットを枕元へ。考えて見れば、ここは中央区、被災地の真中ではないか。毛布は一人4枚支給。当初、宿泊所に布団が用意されているとの情報を得ていたのでシュラフは持参しなかった。夜中から早朝にかけてその寒いこと、寒いこと。非常時の情報に確実はない。
本当に避難所生活者の方々のご苦労が身にしみた。
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当時私は日本の製薬会社に勤務し、その会社の企業内労働組合(組合員1300人)の非専従(仕事と兼任)の中央執行委員長をしていた。地震当日は休暇でハワイにいたが、帰国後すぐに支援活動を模索し始め、28日には余震の続く中、現地でボランティア活動を始めた。陸路はまだ確保されておらず、メリケン波止場から現地に入った。
以下は、その労働組合の2月8日付の機関紙に投稿した報告書である。当時、ボランティアという概念そのものがまだ新しく、このような広報活動が必要だったのだろう。
大型輸送ヘリが風を切るブワン・ブワン・ブワンという低音の響きは、フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』の幻想的なシーンを思い起こさせるが、今この自衛隊のヘリコプターは、兵隊や武器ではなく、パンやおにぎりを運んでいる。28日、29日の2日間、連合兵庫の求めに応じて、当労組から第一陣2名(中央執行委員長(注:私)、書記長)が阪神大震災のボランティア(1泊2日)に参加し、被災者の方々の食糧の確保のための作業を行ってきたので報告する。
第二陣は、2月6日、7日の2日間、24時間体制で避難所で生活されている方々のお世話をするため被災地入りする。
<1月28日> 早朝自宅を出発/JRと地下鉄を乗り継いで大阪港(天保山)に集合(8時)/高速艇で神戸港へ(約1時間)/メリケン波止場から徒歩で東遊園地へ/神戸市の職員から指示を受け、トラックの荷台に乗って王子陸上競技場へ(渋滞のため11時到着)/日没まで作業(交代で昼食・休憩)/作業終了後トラックで連合兵庫へ移動/会議室で各自夕食(注:食事は各自持参)/就寝(毛布4枚支給)。<1月29日> 各自朝食/8時、徒歩で王子陸上競技場へ移動(早足で1時間強、トラックの荷台が恋しい)/到着後5時まで作業(交代で昼食・休憩)/JRの代替バスで芦屋へ(約1時間30分)/芦屋からJRで帰宅(8時)。
組織として個人として いま何をすべきか ...今回の災害を第二次世界大戦の空襲と比較する人も多い。確かに被害状況そのものは似ているかもしれないが、戦争中の人々の空襲に対する認識と、日本全国の『今回被害を受けていない人』が阪神大震災をどう捉えたかは全く違うものだと思う。
阪神大震災の映像と記事は有り余るほどある。しかし、5000人以上が死亡し、30万人が今も避難生活を余儀なくされているという事実に対して、私たちの想像力はあまりにも貧弱だ。私たちは、テレビや新聞を通じて、自分には直接被害のおよばない不幸を鑑賞することに慣れてしまっているのではないか。湾岸戦争もエイズも同じことだ。
日本という国が被った歴史的大災害を目の前にして、企業が労働組合が、そして一人ひとりの個人が各々の認識力に基づいてどう行動するか、今まさに問われようとしている。
我々が自らを『Human Union』と呼ぶようになってから、エイズに取り組み、また手話や障害者のスポーツ・ボランティアに取り組んできた。そして、いま、労組が本部をおく京都から僅か数十キロのことろに歴史的な大災害の被災地があり、数十万人もの被災者の方々が長期的な避難生活を余儀なくされている。この状況下、我々が求める『ゆとり・ゆたかさ』(注:当時の連合のスローガンだったのではないかと思う)とは何か、いま一度よく考えてみてほしい。組織として、個人として、いま何をすべきか、また何ができるのか、いま一度よく考えてみてほしい。
救援ボランティア 登録受付中余ったおにぎりが焼かれたとか、ボランティアに行ってもすることがないとか、一部には正確な取材に基づかない心ない報道も見られる。
しかし、よく考えてみてほしい。
十分な情報のない中で、避難者の方々に行き渡るだけのおにぎりを届けようとすれば、余分に送るしか方法がない。当たり前ではないか。余った食糧は処分せざるを得ない。
また、ボランティアが十分に組織できていない現状があり、ボランティアへの需要も刻々変化する。ボランティアに対する需要と供給にはばらつきが生じる。
送られた衣類が山積みで放置されているとの報道もある。しかし、状況をよく見てほしい。衣類が余っているのではない。仕分けする人手がないのだ。
ボランティアは企業の生産ラインのように最適化できるものではない。今しばらく、人的にも物質的にも多少の無駄は受け入れなければならない。
阪神大震災への対応は明らかに長期戦になる。木目細かい活動にはボランティアの参画が不可欠。事態を正確に認識し、可能な範囲で手を差し伸べてほしい。
体力と気力のボランティア作業組織化されていない集団に複雑なことはできない。私が担当した作業もいたって単純、ただ体力と根気だけが求められる。
自衛隊の大型輸送ヘリで大量の食糧が到着(写真1)。ボランティアと自衛隊が共同で食糧を搬出し(写真2)、台車で競技場の400mトラックの反対側に移動。約5分毎に飛来する小型ヘリに搬入(写真3)。
プロペラを回転させたままの作業で、危険といえばかなり危険な作業であった。
以上が私の担当した作業だが、救援物資を積んだ小型ヘリは、さらに中央区の東遊園地など被災各区に飛び、もう一度トラックに移し替えて(写真4)被災者の方々のもとへと届けられる。
渾然一体となって
阪神大震災の救援活動には本当にさまざまな人・ものが動員され、渾然一体となって機能し始めている。
私(写真5)が参加した食糧確保にも自衛隊員、レスキュー隊員、学生のボランティア、企業や労働組合が支援するボランティアなどが関与。外見はバラバラだが、全員一つの目的のために黙々と働いていた。
また、飛来する小型ヘリも各都道府県の消防局、海上保安庁、民間ヘリコプター会社、企業所有のものなど色とりどり。
調整機能が麻痺しているとの報道もあるが、それは現状として受け止めるとして、さまざまのチャンネルを通じて莫大なエネルギーがここに結集されつつあることは確かだ。
避難所を疑似体験して
宿泊は中央区にある連合兵庫の会議室で雑魚寝。電気以外のライフラインは断たれたままで、暖房なし、辛うじて水洗トイレが一部使用可(ただし、水は他の連合ボランティアが屋上タンクに運び上げてくれたもの)という状況。幸い電気ポットの差し入れがあったので、持参した水で暖かいカップラーメンを食べることができたが、それ以外は冷たいおにぎりや缶詰で食事。
スペースは一人毛布一枚分。結構広いように思われるかもしれないが、全くの他人とこれだけの距離で『生活する』のは一泊でも苦痛がある。また、当日も余震があり、思わずヘルメットを枕元へ。考えて見れば、ここは中央区、被災地の真中ではないか。毛布は一人4枚支給。当初、宿泊所に布団が用意されているとの情報を得ていたのでシュラフは持参しなかった。夜中から早朝にかけてその寒いこと、寒いこと。非常時の情報に確実はない。
本当に避難所生活者の方々のご苦労が身にしみた。
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